脱成長を基軸とする「ドーナツ経済学」とは?

© 2019 ALL TERRITORIES OF THE WORLD   © 2019 GoodThing Productions Pty Ltd, Regen Pictures Pty Ltd
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 わたしも温暖化に懐疑的な人々の存在は認知している。また、気候変動を認識している人々の中にも「自分が生きていない未来の為に今を犠牲にするのは御免だ」という声があることも。それはそれで否定はしない。

 それでもデイモン監督の行動を支持したいのは、わたしも小学生の娘を持つ父親だからだと思う(子どものいない人は自分がいなくなったあとの未来に責任を持っていないという話ではない)。本作の根底には「娘に希望が持てる未来に生きて欲しい」という願いがある。悪化する地球環境を再生できるようなアイデアや解決策が今後急速に広がれば、彼女が大人になる2040年はどんな世界になっているだろうという前向きな未来予想図が描かれている(そもそも地獄のような未来しかないのに子どもを生み育てようと思う親がいるだろうか)。

『2040 地球再生のビジョン』は娘のしあわせを願うひとりの父親が、温暖化の解決策の実行者や専門家と会うため、世界11カ国を奔走した旅の記録でもある。その視点が従来の環境ドキュメンタリーとは違う味わいを生んでいるのだと思う。人間らしい葛藤とあたたかみに満ちた環境ドキュメンタリーに。

 ベースにあるのは2011年、イギリスの経済学者ケイト・ラワースが提唱した「ドーナツ経済学」。これまでの「経済成長」という概念から脱却。環境を破壊することなく社会的正義(貧困や格差などがない社会)を実現し、すべての人が豊かに繁栄していくための新しい経済概念だ。

 最初の解決策として提示されるのはバングラデシュで実現された「CO2を排出しない電力の地産地消」。太陽光パネルと蓄電池による自家発電システムを各戸に設置。互いのシステムを繋ぐことで過不足分を地域内で取引きしている。大手電力会社に搾取されない自立した電力システムが地域経済に豊かさをもたらしている。

 食糧問題もそうだが、エネルギーの問題も究極の解決策はひとり一人が自立して生きようとすることに尽きるのだと改めて気づかされる。分業により発展を遂げた資本主義はわたしたちから「生きる力」を奪い過ぎた。アウトソーシングへの依存度を減らしていく。自分たちの食べるものは自分たちで育てる。自分たちが使うエネルギーは自分たちで生み出す。もう一度「生きる力」を取り戻す。その先に自然と共生する本当の豊かさがあることをバングラデシュの人々の暮らしは物語っていた。

 特筆すべきはそれによって職を失う化石燃料産業に従事する人たちの新たな雇用にも言及していることだ。これまで社会を支えてきた彼らにだって家族があり、生活がある。温暖化を促進させると言われたところで食い扶持が失われるのであれば簡単にやめることはできないだろう。すなわち彼らの職業訓練と再雇用なくして自然エネルギーへの転換は実現しないのではないだろうか。そうやって誰ひとり取りこぼさない思いやりがドーナツ経済学にはあるような気がした。

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