女の世界のハードボイルド
復讐劇の多くが主人公は清廉潔白。復讐の理由も正義感に裏打ちされたものが多いが本作は違う。スヨンの復讐は殺された元恋人の為でもなければ、警察の腐敗を暴こうとする正義感でもない。裏金を原資とする大金とマンションを約束通り手に入れるという私利私欲だ。だが、そこに強い欲望を感じさせもしない。
それは大金やマンションを手に入れたところで恋人に裏切られる前の自分には戻れないことを。そのとき思い描いていたしあわせを手にすることはできないことに気づいているからかもしれない。彼女の「男に従属する女としての人生」は終わっているのだ。運命共同体だと信じていた恋人に裏切られたその時に。
対照的なのが出所するスヨンを迎えに来た謎の女、イム・ジヨン演じるチャン・ユンソンだ。赤い服に真っ赤なレンジローバー。周囲の男たちに媚びて小金をせしめている女狐である。スヨンが古着屋で買った青いスカジャンを纏い、赤い服を纏った彼女と行動を共にするところから物語はドライブしていく。
青と赤の女。敵か味方か。中でもホテルで二人がウイスキーの杯を交わすシーンは印象的だ。かつてのハードボイルド映画で好敵手の男同士がウイスキーを酌み交わしていたシーンが女同士でエレガントにアップデートされている。ウイスキーに人肌くらいの湯をスプーン一杯垂らして香りを立たせたり、氷を大量に入れたピッチャーにウイスキーを並々注いでシェイクしたものをグラスに注いだりと小粋でクールだ。かつては男の専売特許だったハードボイルドにも女の時代が到来したことを雄弁に物語っているようなシーンだった。