曖昧で忘れがたいラストショットが示すもの

ANORA アノーラ
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 煙草を吸いながらネットを検索したイゴールは、アノーラという名前に光や輝くという意味があることを告げる。もちろん彼女はイゴールのそんな言葉に対してすぐ毒づき、名前に関する会話はそこで途切れる。

『情熱の航路』のジェリーと同様、「君をサポートしたい」とは言うもののイゴールもまた、「彼女がもつ名前に対する責任をもつ」ことは決してないだろう。水を取りに上の階へ消えた彼女は、戻ってくると毛布を階段からイゴールに「投げつける」。それぞれの仕方で互いを気遣いあうものの、やはり二人はすれ違い続ける。凸凹コンビの旅にも、最後の時が近づく。

 大雪の降るなか、イゴールは彼女を自宅へと送り届ける。別れの直前、彼は最後にある意外なものをアノーラに「手渡す」。この贈り物をきっかけに『アノーラ』は、曖昧で両義的な忘れがたいラストショットを迎える。序盤の喧騒との見事なコントラストを成す無音とともに、観客は置き去りにされ映画は終わる。

 言うまでもなく、この結末を単純なハッピーエンドと捉えることはできない。だが、最後にアノーラが見せる涙は、彼女にとっては『情熱の航路』とは逆に、本名で呼ばれることこそが、むしろ自己を再発見するきっかけとなったと示唆するようにも思える。

『情熱の航路』の末尾でシャルロットは、今後も決して結ばれないものの、娘を介して新たな関係をスタートさせることとなるジェリーに向かって、「月はいらないわ。星があるじゃない」と告げる。ところでイゴールのスマホによれば、映画のタイトルでありながら劇中でほとんど発音されない名前「アノーラ」もまた、星のように「明るい」「光」を意味していたのだった。

(文・冨塚亮平)

【作品情報】

監督・脚本、編集:ショーン・ベイカー
製作:ショーン・ベイカー、アレックス・ココ、サマンサ・クァン
出演:マイキー・マディソン、マーク・エイデルシュテイン、ユーラ・ボリゾフ、カレン・カラグリアン、ヴァチェ・トヴマシアン
配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
2024 年/アメリカ/カラー/シネスコ/5.1ch/138 分/英語・ロシア語 ※レイティング:未定
公式サイト
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