生を駆動させる「熟成された恐怖」

映画『けものがいる』
©Carole Bethuel

恐怖の報酬1

 ガブリエルはグリーンバックの前に立ち、時代時代ごとの衣裳を身につけ、精一杯生きようとしている。いつもそこにルイが現れる。ふたりは惹かれ合うが、事態はどうしても禍々しい方向へと向かってしまうのだ。AIが2044年に、交通安全ビデオのディレクターが2014年に、いろいろとグザヴィエ・ドランの声でガブリエルに伝授したり助言したりするが、彼女は結局のところ、このヴォイスオフの主ともすれ違っている。グリーンバックのなかの代置可能な事物において、彼女に最も影響力を及ぼしうるのは、人形(もしくはアテンド型ロボット)と、占い師である。1910年の占い師も、2014年の占い師も、ひどくガブリエルの運命を心配し、けものがすぐそこまで来ていると警告していた。いつのまにか、宿命の相手であるルイさえもが、代置可能なグリーンバック上の素材に見えてくる。消えないのは何か。消えないのは、彼女のなかで長いあいだ熟成された恐怖。これだけは確信できる。恐怖との対峙こそ彼女の人生。

恐怖の報酬2

 筆者が長年にわたり、妄執のように立ち返ってしまう本がある。それはイングランドの哲学者トマス・ホッブズの『リヴァイアサン』(1651)である。「わが生涯における唯一の情熱は恐怖であった」。ホッブズを読むことによって、人はだれかから愛されるという条件を度外視して明るく生きられる。筆者に言わせれば、2014年のカリフォルニア大学サンタバーバラ校などという名門校に通っているくせに、ミソジニストに成り果てたルイは、ホッブズを読むべきだった。一方、ガブリエルの3つの生涯に共通していたのは、彼女が恐怖をその身に抱えつつも、それを手なずけようと必死に努力していたことだ。

ボネロ「もし、恐怖というものを消滅させてしまえば、生きているという感覚も同時に消し去ってしまうことになる」

 パリの舞踏会でガブリエルとルイが出会ったのは1910年。しかしそれは再会だった。真に最初の出会いがいつだったのか、それはわからない。ルイが「3年前、プッチーニのオペラ『蝶々夫人』初演のあとの晩餐会であなたに会ったことがある」と述べると、ガブリエルは「いいえ、6年前、ナポリだった」と訂正する。実際には『蝶々夫人』の初演は1904年2月17日、ミラノのスカラ座なのだが。1904年ナポリの出会い、1910年パリ大洪水。そして1914年、第一次世界大戦。大戦期の1915年、D・W・グリフィスの『國民の創生』。大災害、カタストロフ。2044年のディスコには恐怖が消去されている。しかし彼女は恐怖と共に生きる。「わが生涯における唯一の情熱は恐怖であった」。

(文・荻野洋一)

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