ラストと冒頭の”背景”に注目すべきワケ。映画『カップルズ』4Kレストア版、考察レビュー。エドワード・ヤンの傑作を解説

text by 暉峻創三

『クーリンチェ少年殺人事件』(1991)『ヤンヤン 夏の想い出』(2000)など、映画史に残る傑作を手がけた台湾ニューウェーブを代表する名匠エドワード・ヤン。長らくスクリーンから遠ざかっていたキャリア後期の傑作『カップルズ』(1996)の4Kリマスター版が公開中だ。アジア映画に精通する映画批評家であり、大阪アジアン映画祭のプログラミング・ディレクターを務める暉峻創三さんに、本作の魅力を解説してもらった。(文・暉峻創三)

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【著者プロフィール:暉峻創三】

暉峻創三 映画評論家、大阪アジアン映画祭プログラミング・ディレクター。朝日新聞、キネマ旬報、Asian Pops Magazine、MEG関西版などに寄稿。西武百貨店・池袋コミュニティ・カレッジでは、アジア映画の最新動向を紹介する連続定期講座「大アジア電影燦爛」を月2回ペースで開講中。

台北を描くことにこだわり続けてきたエドワード・ヤン

映画『カップルズ』 4Kレストア版
© Kailidoscope Pictures

 エドワード・ヤンの歴史的名作『カップルズ』が、4Kレストア版で絶賛公開中だ。1995年に撮影され、翌年初春のベルリン国際映画祭でワールドプレミアされた作品。いたずらに画面や音響を現代的にクリアにするのではなく、当時の画調、音質を再現することを重視したこのレストア版は、始まるなり、激しい変化の渦中にあったあの頃の台北の街の肌触り、あの時代の台北で生きていた人々の気分を、直接的に思い出させる。同時にそれは、この作品の製作過程に部分的に立ち会った自分自身の記憶をも、久方ぶりに取り戻させてくれた。この機会に、一般的な映画評とは異なる切り口から、当時のことを記しておきたい。それは本作の主題を理解する上でも、きっと一助になり得ると思うからだ。

 アメリカ留学、就職経験を持ち、英語を流暢に喋るエドワード・ヤンは、台湾映画の新しい波を共に率いたホウ・シャオシェン(英語はほとんど喋らない)と比較すると、国際派のイメージがある。しかし2人が現に残した作品を見るならば、実際にはホウ・シャオシェンの方が国際的なスケールで作品を手掛けてきたことがわかる。時に中国大陸で、時にフランスで、時に日本で…。純粋に台湾で台湾人の物語を語った場合も、その舞台に設定された場所、時代は、かなりの広範囲に及ぶ。

 他方、ヤンは、自身が生活してきた台北とそこで暮らす人々を描くことに、ホウ・シャオシェン以上にこだわりぬいてきた。ただ、日本だけは例外的な存在だった、とは言えるかもしれない。彼の映画界デビューは、脚本を執筆した『1905年の冬』(余為政監督 1982)だが、これはほぼ全編が日本舞台。自身も小さな役で出演した彼は、その日本での撮影にも立ち会っていた。また、遺作長編となった『ヤンヤン 夏の想い出』(2020)は日本資本主導による製作であり、その主人公は日本に旅に出て自身の青春時代に立ち返ろうとする。しかしこうした日本という特別要素を除外するならば、彼の作品は一貫して極度に台湾ローカル、台北ローカルなものであり続けてきた。

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