エドワード・ヤンが描く「台北地獄絵図」

映画『カップルズ』 4Kレストア版
© Kailidoscope Pictures

 実のところ『カップルズ』も、企画初期には、ヒロイン役にフランス人を起用するのではなく、日本の若手有名女優を起用する案も模索されていた。しかしキャスティングの不調もあり、その案は早期に棚上げに。代わりにヒロインはフランス人に変更され、その役名をマルトとしたことが、作品の主題をより鮮明にすることになった。

 徹底して台湾ローカルであることを特色とするヤンの作品のなかで、『カップルズ』は、もっとも国際的、世界的なスケールを備えた物語となっていることに注目すべきだろう。製作当時の「現在」における台湾ローカル、台北ローカルを極めた果てに自ずと浮上する国際性、世界的視野とでもいったものが、作品の根幹をなしている。主人公のマルトは、フランスからやってきたばかりという設定。さらに台北を根城に活動する外国人たち(欧米人から香港人まで)が、主要登場人物の相当数を占める。

 また地元の若者たちが集い、金を落とすことになるのが、ハードロックカフェ、TGIフライデーズといったグローバルに事業を展開する海外ルーツの店に設定されているのも、見落とせない。『エドワード・ヤンの恋愛時代』(1994)に続いて発表された本作は、「エドワード・ヤンの台北地獄絵図」とでも邦題を付けたくなる光景を次々に見せつけながら展開していくが、主人公2人が最後の最後、ついに地獄から解放され、安寧と希望を抱くに至る場所が、地元台北発祥のレストラン、鼎泰豐(撮影当時はまだ、日本を含む海外事業展開はしていなかった。そして本作が完成したのと同じ1996年、初の海外店舗となる新宿高島屋店を開店する)の前に設定されているのも、おそらくは意図的な選択だ。 

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