ファーストショットの背景に注目
映画のファーストショット。カメラは主人公少年たちが乗った軽トラックが大通りを走行をする姿をとらえる。その時、画面の片隅に、もう高架は完成しているように見えるのに工事中のまま打ち捨てられたかのような状態の高架橋群が道路の中央線上に見える。これこそが、マトラが延々開業に漕ぎつけられないでいた木柵線だ。エドワード・ヤンにとって、ファーストショットは台北市内の大通りであればどこでもよかったのではない。この映画は絶対にこの場所から始めなければならないという、強い信念を持っていた。
皮肉なことに、木柵線は『カップルズ』がベルリンでワールドプレミアされたわずか1週間少々後に、無料でのお試し乗車という形で試験的に開通する。そしてその約1か月後に正式に営業運行を始めた。開通記念日に乗車した市民には、マトラ社から手土産として消火器が配られたというもっともらしい冗談も語り伝えられるほど、不安を抱えての開通となった。やがて、営業開始したものの閑散とした木柵線を走るマトラ製車両をいち早く印象的な舞台として使ったのが、ウォン・カーウァイの97年作品『ブエノスアイレス』のラストである。
今となってみると、マトラがここまで失態を重ね台北市民から不評を買うことがなければ、エドワード・ヤン作品としては最も国際的なスケールを備えた『カップルズ』は生み出されなかったかもしれない。同社の存在がなければ、ヒロインがフランス人に設定され、マルトと名付けられることもなかったろう。その後、台北市には続々新路線が開通し、今では他国の首都に劣らないほど縦横無尽に地下鉄網が張り巡らされた都市となっている。そのどの路線にもマトラ社の新交通システムは採用されなかったのは、言うまでもない。
(文・暉峻創三)
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