野火焼けども尽きず、春風吹きて又生ず。映画『新世紀ロマンティクス』評価&考察レビュー。ジャ・ジャンクー最新作の魅力とは?

text by 荻野洋一

巨匠ジャ・ジャンクー監督の最新作『新世紀ロマンティクス』は、過去の傑作群の映像と実際の街の変遷を織り交ぜ、ドキュメンタリーとフィクションの境界を越えた、今までにない映画体験をもたらす。今回は、過去作に触れながら本作の魅力を解説する。(文・荻野洋一)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】

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【著者プロフィール:荻野洋一】

映画評論家/番組等の構成演出。早稲田大学政経学部卒。映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」で評論デビュー。「キネマ旬報」「リアルサウンド」「現代ビジネス」「NOBODY」「boid マガジン」「映画芸術」「ele-king books」などの媒体で映画評を寄稿する。2024年、初の単著『ばらばらとなりし花びらの欠片に捧ぐ』(リトルモア刊)を上梓。

ジャ・ジャンクーがこしらえた中国現代史の万華鏡

© 2024 X stream Pictures All rights reserved
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 ジャ・ジャンクー[賈樟柯]監督の新作『新世紀ロマンティクス』(2024 原題『風流一代』)のメインテーマは、時間である。そもそも映画じたいが時間芸術であるわけだが、「時間が経過していく」という抗いようのない現実が幾重もの軸に沿って辿られるという点で、この『新世紀ロマンティクス』という作品はきわめて原理的なものになったと言える。流れて、とどまって、からまって、飛び散って、また流れる。そこではさまざまな事象が喪失し、変容していく。ジャ監督が2001年から2023年までの21年間にわたって折にふれて撮り貯めてきたフッテージ、さらにはコロナ禍の街で新撮された映像を織り交ぜて、激動の中国現代史の、荒々しくも美しく研ぎ澄まされた万華鏡が出来上がってきた。

 激動の中国現代史といっても、ここには経済社会の挿話がわけ知り顔で語られるわけではないし、天下国家が問題となっているわけでもない。ぶっきらぼうに切り刻まれ、貼り付けられた断片という断片がバサリとバインダーに収められた、一組の男女の秘史である。女・チャオ(チャオ・タオ[趙濤])/男・ビン(リー・チュウビン[李竺斌])。このふたりが織りなすパーソナルな時間の旅路にことよせて、画面外の、そして時には北京オリンピック招致決定の祝賀パレードのように画面内にも激動の中国現代史が流れこんでくる。一組の男女/大文字の現代史――この両者のからみ合いの緊張関係は、大島渚監督『新宿泥棒日記』(1969)を思い出させるザラザラとした手ざわりである。

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