愛のドラマが紡ぐ生の肯定

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『新世紀ロマンティクス』がぶっきらぼうに投げ付けてよこす中国現代史の四半世紀は、そしてチャオとビンの悲しい愛のドラマは、不毛な年月の物語だったのだろうか。大文字と小文字の歴史が合わせ鏡として進行してきたこの映画において、大文字が小文字を慰め、小文字が大文字を肯定しているのではないか。

 21世紀の残り三四半世紀はパクス・アメリカーナが完全に終了し、中国の時代となるのはまちがいあるまい。もっとも、この地球のヘゲモニーが中国以外であった歴史は、アヘン戦争から20世紀末までのほんの一世紀半のことにすぎない。そういう意味でこの200年間が人類史上、特殊な時代であったとも言える。そんな大文字の最下層に、チャオとビンのちっぽけな愛のドラマが置かれるとき、私たち人間の生の肯定が最低限、守護されていてほしいという、ジャ監督の祈念が込められていることだろう。それは、この映画の冒頭のエピグラフで提示された白居易(772-846)の漢詩によってもあきらかだ。

離離原上草  (離々たり 原上の草)
一歳一枯栄  (一歳ひとたび枯栄す)
野火焼不尽  (野火は焼けども 尽きることなく)
春風吹又生  (春風吹きて また芽吹く)
白居易『賦得古原草送別』より

(文・荻野洋一)

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【了】

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