「29年やってきたなかで一番チャレンジングな撮影」映画『かたつむりのメモワール』アダム・エリオット監督、単独インタビュー
『メアリー&マックス』(2009)などで人気のアダム・エリオット監督の新作ストップモーションアニメ『かたつむりのメモワール』が公開中だ。第97回アカデミー賞にて、長編アニメーション映画賞にノミネートされた本作は、実に8年の製作期間をかけて作り上げた。そんなアダム・エリオット監督が来日! 貴重なお話を伺った。(取材・文:望月ふみ)
冒頭シーンは29年のキャリアで一番のチャレンジングな撮影
ーー本作は、幼い頃から周囲になじめず、孤独を抱えて生きてきた女性グレースが、少しずつ生きる希望を見出していく様を“全編手作り”で作り上げた。冒頭から鳥肌モノの素晴らしいシーンで、過ぎていく1秒1秒に「もっとじっくり見せて!」と叫びたくなりました。
「あそこに映し出されているセットは、大きさ的には一般的なテーブルサイズです。あのシーンだけで作業に1カ月程度必要でした。最終的な尺は1分半。この映画で一番長いカットです。撮影は一番最後にしました。それだけ難しいと分かっていたからです。もっとも挑戦的で、29年やってきたなかで一番チャレンジングな撮影になりました。
あのオープニングで見せたかったのは、『これは手作りなんだ』ということ。手触りを感じてもらうことでした。そしてこれは密な映画になるよと理解してもらうこと。映画のヒントとして、ため込みクセのある主人公についての映画なんだということを示唆しました」
ーーたくさんのものが映っていますね。
「そうですね。クッキーやクッキー缶自体だったり、カメラだったり。かたつむりグッズもそうだし、グレースが読む本もたくさん置いてあります。何度観ても、これもある、あれもあると思っていただけると思いますよ。製作的にお金も時間もなくなりそうになっていたので、正直、撮影を諦めた瞬間もあったんですけど、やって本当によかったです」
ーー監督の作品は短編の『アンクル』(1996)の頃から、たびたびかたつむりが登場してきました。なので、かたつむりは必然だと思っていたのですが、意外にも本作は当初、『てんとうむしの思い出』という作品でスタートする予定だったとか。かたつむりに帰結したことで、改めて発見はありましたか?
「目の前にかたつむりがあったのに、気が付かなかったんですよね(笑)。振り返れば、まさにおっしゃる通り、それ以外はなかったはずなのに、最初はなぜか違いました(苦笑)。
たしかに今までの私の3~4本の作品にはかたつむりが登場します。それに映画学校で最初にグループ分けされたとき、TVのコマーシャルを作らなくてはならなくてアニメーションで作ったのもかたつむりでした。だからその頃から、自分の人生の大きな一部にかたつむりが関わるということは予言されていたんです」
ーーそうなんですね!
「再発見という意味では、最初に考えていたてんとう虫では可愛すぎるし、ストーリーが甘くなりすぎたかなと思います。グレースがこれから経験することのメタファーやシンボリックなものにしたかったので、ブタやアヒル、カエルなども考えたんですけど、いまいちだなと思っていたところに『かたつむりだ!』と至りました。
殻にこもるというのは、グレースが人生の多くの局面でこれ以上の痛み、トラウマを経験したくないからこもるというものとかぶります。渦巻きに関しても、人生も円環を成している、廻っていくというか、周期的なところがあるので、それを示唆しつつ、視覚的なモチーフとしても面白いと思いました」
ーーそれに後戻りも。
「そうなんです。そこは今回調べて初めて知ったんですけどね。前しかいけない。もともと前から哲学者キルケゴールの『人生は後ろ向きにしか理解できないが、前向きにしか生きられない』という言葉を使おうと思っていたんです。だから『あれ、すごくリンクするぞ』となりました」
もしも日本の都市を作るなら何色にする?
ーー監督の作品には、数字がよく登場しますね。
「確かに私は数字が好きです。特に9が好きですね。3×3が好きなんです。以前から、3つのショート作品と、3つの中編、3つの長編を撮りたいと宣言してきました。これまで7つの映画を作っているので、あと2つ。いま新作の脚本に入っています。あと数字では8も好きです。嫌いなのは4です」
ーーそれはどうしてですか?
「なんでだろう。なんかバランスが悪い気がするんですよね」
ーー『メアリー&マックス』のマックスの部屋の番号は96でした。あと、カメオ出演で、本作に“6番の彼”が出演しています。
「そうです、そうです。彼は『メアリー&マックス』にも出てきますよ。私は作品と作品をリンクさせることが好きなんです。たとえば、『かたつむりのメモワール』と『メアリー&マックス』は手紙を書いて送るということが大きなモチーフとなって繋がっています。
実は新作でも手紙をお互いに書いて送り合うキャラクターが登場する予定です。そうやってテーマでもキャラクターでも、いろんなことをリンクさせていくのが、好きなんです」
ーー新作はロードムービーだと耳にしました。
「はい。これまでは郊外でそこから動かない話が多かったので、新作は飛び出してみたいと考えています。それと年を重ねて、心理的で実存的なストーリーにしたいと思うようになりました」
ーー日本の都市をセットに作るなら、どんな色で撮影してみたいですか?
「日本は私の大好きな白と赤と黒の3色を、よく使っていると感じます。だからこの3色かな。今回の来日でも、日本の方は、黒を着ている人が多いと思いました。私はメルボルン出身なんですけど、メルボルンも黒を着る人が多いんです。
シドニーはカラフルなファッションで、ちょっとフランスと近いかな。日本の方はスタイリッシュなんだけど、エキセントリックなものも楽しんでいる印象です。オーストラリアは茶色を使うけれど、日本にはたぶん茶色はあまり使わなくて、黒をたくさん使って、そこに赤を入れた感じかな」
観客は「大丈夫だよ、自分には価値があるから」と汲み取ってくれる
ーーさて、監督の作品は、「人と違っている」と感じているキャラクターが登場するようでいて、観ていると「私の物語だ」と感じさせてくれます。観客からの感想で印象に残っている感想があれば教えてください。
「いい質問をありがとう。Instagramをやっているので、毎日、ステキなメッセージをもらいます。孤独を感じている方や、今回は、自分の兄弟や双子の相手を亡くしてしまった人、(グレースのように)口唇口蓋裂をもっていらっしゃる方からもたくさん連絡をいただきました。
最近もペルーで口唇口蓋裂の子どもたちの学校をしてらっしゃる方から、なかなか映画で口唇口蓋裂を描かれることがなかったと手紙をいただきました。キャラクターの中に自分自身を見出すということは、自分を見てもらえていると感じることでもあると思います」
ーー自分を見てもらえている。
「つまり、“自分に価値があるのだ”と作品に言ってもらえているように、みんなが感じてくれているのだと思います。もちろんアニメーションではあるのだけれど、リアルなものとして共感して、体感する“大丈夫だよ、自分には価値があるから”と言ってもらえているということを、みなさん違う言葉で、感想として伝えてくださっているのかなと思います」
ーーなるほど。
「年を重ねていくなかで、フィルムメーカーとして、映画館を後にするときに、私の作品が、どこか気持ちが上がるような、この先のための希望みたいなものが持てるようなものになっていたらと思います。そして、何かあったときに世界や自分に関して、良い気持ちに立ち戻れるような、そうした作品として残ってほしい。
いまこの瞬間にも、世界のどこかで自分の作品を観て喜んでくれている人がいるかもしれないと思うのは、アーティストとして最高の気持ちだし、自分の作品が、本当にたくさんの方に、実は届いているんだということを忘れずにいたい。そしていつか自分がいなくなっても、レガシーとして作品は残っていて、喜びとか慰めになっていってくれたらと思います」
(取材・文:望月ふみ)
【作品概要】
『かたつむりのメモワール』
脚本・監督:アダム・エリオット
声の出演:
セーラ・スヌーク
ジャッキー・ウィーヴァー
コディ・スミット=マクフィー
ドミニク・ピノン
エリック・バナ
ニック・ケイヴ
英題:MEMOIR OF A SNAIL
製作国:オーストラリア
配給:トランスフォーマー
公式サイト
6月27日(金)よりTOHOシネマズシャンテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート新宿ほか
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【了】