「とんでもない作品に出会った」“無痛症”のヒーローを描いた『Mr.ノボカイン』が面白すぎる! 評価&考察レビュー
痛みを一切感じない男・ノボカインの無謀な戦いを描く映画『Mr.ノボカイン』が公開中だ。笑いと恐怖、そして切なさが入り混じる110分間。刺されても笑う彼の姿に目を逸らせず、観る者の感情は揺さぶられ続ける。バイオレンスと愛が交差する異色のヒーロー譚の魅力を解説する。【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】(文・中川真知子)
掘り出し物との出会い
とんでもない作品に出会った-。
試写室を出た瞬間、思わず「とんでもない作品に出会った」そんなと独り言が漏れるをいうほど興奮した。
『Mr.ノボカイン』というタイトルにもそこまで惹かれず、正直ほとんど期待せずに見たのだが、あまりの面白さと脚本の巧みさに感嘆が漏れた。「痛みを一切感じない男」というたった一つの設定が、ここまで物語を暴走させるとは思わなかった。
究極の「バイオレンス耐久映画」
『Mr.ノボカイン』は、生まれつき痛みを感じないという非常に珍しい遺伝性疾患を抱えた男性が主役のアクション…、いや、バイオレンス耐久映画だ。
Mr.ノボカインが抱える無痛症という疾患は、痛みを感じられないがゆえに致命的な怪我や病気の発見になっても気づくのが遅れてしまったり、身体的な痛みを経験することで原因となった行動を避けるプロセスを踏めないため、危険な行動を繰り返したりしてしまう。そのため、寿命が短くなりやすいといわれており、ノボカインも常に気をつけすぎるほど気をつけながら日常生活を送っている。
そんなノボカインは、かねてから思いを寄せていたシェリーと親密になり、生きる喜びを知る。ところが、クリスマスの日に勤め先の銀行が襲撃され、シェリーが強盗犯に誘拐されてしまう。ノボカインは意を決してシェリー救出に向かうが、屈強な強盗犯に勝るものは何一つない。最大の弱点である「無痛症」以外は。
無茶をするスーパーヒーロー
『Mr.ノボカイン』は非常にシンプルなレスキューヒーローものだが、無痛症というだけで、アクションにおける表現幅が最も簡単に限界を突破する超えてくる。どんなに強いスーパーヒーローも、スーパーヒーローものだとしても、ヒーローは怪我から来る痛みを感じるような避けるために攻撃はを避けるし、無茶はしない。だが、ノボカインは違う。煮えたぎった油に自ら手を突っ込んだり、熱したフライパンの底を躊躇なく触ったりする。殴られても、刺されても、笑顔で向かってくるのだ。
とはいえ、当然無敵というわけではない。だが、痛覚が無いというだけで体は確実にボロボロになってくる。し、それゆえ、見ているこちらはそれらの痛みを感覚的に認識しているので、ノボカインの頑張りを見るたびに目を覆いたくなってしまうのだ。過激なシーンの連続に、気づけば、下手な拷問映画以上に過激なシーンの連続に、体がこわばっていた。
自分が見ているのがアクションなのか、ラブストーリーなのか、はたまたホラージャンルなのかわからなくなってくる。刺されても笑顔で向かってくる──。この不気味さはもはやホラーだ。なのに、次の瞬間には恋人の名前を叫びながら不器用に助けに走る姿が切なくて胸を打つ。
混乱すら心地よい圧巻の脚本

本作の魅力はノボカインの得意な体質にとどまらない。脚本が秀逸なのだ。なにせ1シーンにラブストーリーとヒューマンドラマとアクションドラマが詰め込まれている。加えて、セリフ一つ一つに無駄がなく、笑いと感動とショックが間髪開けずにやってくる。それが約2時間続く。
人物造形も秀逸だ。ノボカインは、自身の体質を受け入れようと日々葛藤している。ノボカインはただ単に痛みを感じない人ではない。彼は、痛みを感じない自分を受け入れるために日々葛藤している。その証努力のひとつが、自ら全身に彫っているタトゥーだろう。普段はシャツで隠れているが、彼の体には見事なタトゥーが彫られ、完成の時を待っている。自分の人生に意味を見出したときに最後のピースが埋められるのだ。
また、ノボカインのあまりにも人間的な恋愛模様からも目が離せない。繊細で臆病なノボカインは、シェリーと幸せになることを望んでいるが、一方での関係においても、彼は惹かれているにもかかわらず、その恋愛関係に発展することを恐れている。ノボカインは繊細で臆病で、だけど幸せを望んでいる。その不器用な一歩一歩が、私たち観客の感情を自然と彼の側に引き寄せていくのだ。
また、複雑な生育環境にもかかわらず、可能なかぎりポジティブであろうとするシェリーや、感情の痛みを理解できない強盗犯のサイモンの存在も、本作に『Mr.ノボカイン』のヒューマンドラマパートに深みを与えている。
無痛男のあまりに人間的な物語
偶然の産物なのか、「無痛症」が引き起こすケミストリーなのかわからないが、こんなに無駄のないセリフで構成された映画は久しぶりだ。
試写室を出ると、待ち構えていたかのように配給会社のスタッフが声をかけてきた。筆者が「この作品、めちゃくちゃ面白いですね! 」というと、とても嬉しそうに「掘り出し物でした」と声を弾ませた。筆者も同意せずにはいられなかった。
制作が発表された時点で話題になるビッグバジェット作品とは違い、『Mr.ノボカイン』のような作品との出会いは、まさに映画ファンの醍醐味だ。どんな痛みも感じない男の、あまりに人間的な物語を、ぜひ多くの人に体験してほしい。
【中川真知子プロフィール】
映画xテクノロジーライター。アメリカにて映画学を学んだのち、ハリウッドのキッズ向けパペットアニメーション制作スタジオにてインターンシップを経験。帰国後は字幕制作会社で字幕編集や、アニメーションスタジオで3D制作進行に従事し、オーストラリアのVFXスタジオ「Animal Logic」にてプロダクションアシスタントとして働く。2007年よりライターとして活動開始。「日経クロステック」にて連載「映画×TECH〜映画とテックの交差点〜」、「Japan In-depth」にて連載「中川真知子のシネマ進行」を持つ。「ギズモードジャパン」「リアルサウンド」などに映画関連記事を寄稿。
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【了】