「危険さの中にユーモアがあるから面白い」映画『バレリーナ』レン・ワイズマン監督がアクションの面白さを語る。インタビュー

text by タナカシカ

『ジョン・ウィック』(2017~)シリーズ最新作となる映画『バレリーナ:The World of John Wick』が、現在公開中。今回は、約13年ぶりに劇場用長編映画のメガホンを取ったレン・ワイズマン監督にインタビューを敢行。主演アナ・デ・アルマスのアクション演出から、映画館で体験することの意義まで、アクション映画の今と“観る喜び”についてお聞きした。(取材・文:山田剛志、タナカシカ)
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リアルさを重視した女性アクションの新たな方向性

レン・ワイズマン監督 写真:武馬怜子
レン・ワイズマン監督 写真:武馬怜子

―――今回の作品を拝見し、お2人のご活躍をとても楽しく観させていただきました。本日は直接お話を伺えることを大変光栄に思います。主人公・イヴ(アナ・デ・アルマス)のアクションは、いわゆるセクシーな女性らしさを前面に出すスタイルではなく、小柄な体格を生かしたスピード感や、的確に急所を狙う戦術的な要素が印象的でした。イヴのアクションスタイルを作り上げるにあたって、特に意識された点や大切にされたことはありますか?

「『セクシーすぎない』と仰っていただけたのは、私にとって非常に嬉しい言葉です。これまで女性キャラクターのアクションを描く際には、どうしても“セクシー寄り”に見えてしまい、“生々しさ”や“やけくそ感”といった部分が不足しているように感じていました。だからこそ本作では、あえて“地に足のついたリアルさ”を重視することにしました。アクション自体は、もちろん非現実的な場面も多くありますが、それを敢えてリアルなアプローチにすることで、コントラストが生まれ、結果的にとても面白く仕上がったと思います。

アナとも話し合いを重ねましたが、『より現実的なものにしよう』『アナの体格を最大限に活かそう』という点で意見が一致しました。対峙するのは大柄な男性ばかりですが、小柄な彼女だからこそ投げ飛ばされる描写に説得力が生まれ、そこから知恵や技術で立ち回って逆転する。その“サイズ感”や“リアリティ”、さらに少しウィットの効いた動きを加えていくことを、演出の方針として最初に固めていました」

―――「ジョン・ウィック」シリーズは、主人公が圧倒的に強いという安心感がありながらも、銃撃や打撃の一発一発に“痛み”や“重み”が伴うリアルな描写が非常に印象的です。痛覚のリアリズムを観客に伝えるために、撮影現場ではどのような工夫や演出が行われていたのでしょうか?

「“リアルな痛みを感じさせる”という要素は、本作のアクションの中でもとても大きなポイントで、『ジョン・ウィック』を象徴する魅力のひとつだと感じています。私自身もその点を非常に尊敬しています。ジョン・ウィック(キアヌ・リーブス)は圧倒的なスキルを持ちながらも、無敵ではありません。攻撃を受ければ痛がるし、ダメージを負う。スーパーヒーローではなく、傷つきながら必死に生き延びているからこそ、観客は彼に共感し、応援できるのだと思います。

今回のイヴというキャラクターも同じです。彼女の強さや才能の中に確かに“痛み”がある。だからこそ観客は彼女に寄り添い、物語と深くつながれるのです」

レン・ワイズマン監督が語るブランク期間の裏側

レン・ワイズマン監督 写真:武馬怜子
レン・ワイズマン監督 写真:武馬怜子

―――本作は2012年の『トータル・リコール』以来、約13年ぶりの監督作となります。前作からこれほどの年月が空いた背景、そして復帰作として『ジョン・ウィック』シリーズに参加することを決断された経緯についてお聞かせいただけますか?

「『長いブレイクを取っていた』と言われることもありますが、パイロット版(テレビドラマやアニメなどの本放送や公開に先立って制作される試作品)の制作などに関わっていました。また、実際には3つほど、映画プロジェクトに携わっていましたが、残念ながら映画化には至りませんでした。加えて、自分自身が企画を非常に選ぶタイプなので、本当にやりたいと思える作品がなかなかなかったという事情もあります。

そんな中で『バレリーナ』に出会い、その美意識や世界観、そしてアクションに対する敬意や細部へのこだわりに強く惹かれました。自分自身もそうした世界観をつくることが好きなので、『これは自分にぴったりの作品だ』と感じ、監督を引き受けることにしました」

―――結果的に映画化には至らなかったプロジェクトもいくつかあったとのことですが、監督ご自身にとって特に思い入れのあるプロジェクトについて教えてください。

「『トータル・リコール』の後に進めていた『ダイ・ハード』(1988~)シリーズの最終章『マクレーン』です。ブルース・ウィリスとともに約4年にわたって開発を続けていましたが、残念ながら悲劇的な事情により実現には至りませんでした。ただ、もし完成していれば本当に素晴らしい“最後のダイ・ハード”になっていたと思いますし、私自身も全身全霊を注いだプロジェクトでした」

「危険なことをしているのに、なぜか笑えてしまう」
現代に蘇るバスター・キートン的なアクション

レン・ワイズマン監督 写真:武馬怜子
レン・ワイズマン監督 写真:武馬怜子

―――先ほど「リアリズムの中にもウィットに富んだアクションを取り入れた」というお話がありましたが、その延長線上で伺いたいことがあります。本作では、マルクス兄弟やバスター・キートンといったスラップスティック・コメディの名作が引用されていますよね。このような古典的な作品を取り入れることにはどのような狙いがあり、物語やアクション表現にどう活かされたのでしょうか?

「私自身の関心によるところが大きいのですが、バスター・キートンは、本当に類まれな才能を持ち、非常に危険なスタントを成し遂げながらも、なぜか観客を笑顔にしてしまう存在です。『危険なことをしているのに、なぜかユーモラスで笑えてしまう』、その組み合わせがとても好きなんです。

一方で、本作のアクションには歯を食いしばるような残虐さや、殴られた時の痛みといったリアリズムがあります。その“痛みのリアルさ”と、“観客が思わず笑顔になってしまうユーモア”を両立させることこそ、私にとって理想的なアクション表現であると考えています」

―――『キートンの蒸気船』(1928)が引用された直後のシーンで、登場人物同士がお皿を何度も頭にぶつけ合う場面がありました。あの描写には往年のスラップスティック・コメディを思わせるユーモアがあり、絶妙な効果をもたらしていると感じました。

「まさにそこが意図した部分ですので、その様に受け取っていただけて嬉しいです。本来であれば暴力的で痛みを伴うはずの場面でありながら、観客が思わず笑ってしまう。その矛盾した感情を引き出すことを目標とし、今回も強く意識して取り組みました」

―――大きなスクリーンで超人的なアクションを体感する喜びは、1920年代のバスター・キートンの作品から、100年後に誕生した本作に至るまで、変わることのない“映画ならではの原初的な魅力”だと感じられます。本作はまさに「映画を観る喜び」に満ちた作品だと受け止めましたが、監督ご自身はその点についてどのようにお考えでしょうか。

「こうした映画には独特の魅力があり、多くの人を惹きつけてやまないのだと思います。次々と新しい作品が生まれていく一方で、“繰り返し”による面白さというものも確かに存在します。アクションというのは、ある種ばかばかしい側面を持ちながらも、だからこそ楽しさがある。過激で容赦のない描写であっても、それが何度も繰り返されることで、むしろ独特の面白みや味わいが浮かび上がってくるのです。

私は昔、デイヴィッド・レターマンのトークショーをよく観ていたのですが、彼は同じジョークを繰り返すのです。同じことを言っているだけなのに、繰り返されるうちに不思議と笑えてしまい、ユーモアとして成立してしまう。アクション映画にもそれに通じる部分があって、『またやっているな』と思いながらも、その『またやっている』がかえって楽しくなる。ある種“病みつきになる喜び”があるのだと感じています」

「他の観客と同じ時間を共有する体験」
劇場体験のかけがえのなさ

レン・ワイズマン監督 写真:武馬怜子
レン・ワイズマン監督 写真:武馬怜子

―――今はスマートフォンでも映画を観られるようになり、視聴環境が多様化しています。しかしその一方で、映像を見て心の底から驚いたり感動したりする体験が、少し薄れてきているようにも感じます。ワイズマン監督ご自身が考える「映画館で映画を観ることの意義」や「その喜び」について、お聞かせいただけますでしょうか。

「確かに現在はスマートフォンなど小さな画面で映画を観る人も多いですが、映画というのは膨大な時間とエネルギーを費やしてつくられたものです。その作品を小さな画面で消費してしまうのは、どうしてももったいないと感じてしまいます。

一方で、劇場で映画を観るという行為は、単に大きなスクリーンで映像を楽しむことにとどまらず、他の観客と同じ時間を共有するという体験でもあります。アクションであれホラーであれ、緊張感や解放感を集団で分かち合うことで生まれる没入感は、決して他では得られないものです。まさに物語の世界に入り込み、登場人物とともに生きる体験に近いといえるでしょう。

その感覚を例えるなら、ジェットコースターに乗るようなものです。もし『1人で楽しみたい』と言って誰もいない中で1人きりで乗ったとしたら、それなりに楽しむことはできるでしょう。しかし大勢の人と一緒に乗り、悲鳴や歓声を共有する体験とはまったく異なるはずです。映画館で映画を観ることには、まさにその『集団で味わう臨場感』があるのだと思います」

(取材・文:山田剛志、タナカシカ)

【作品概要】
監督:レン・ワイズマン(『ダイ・ハード 4.0』)
製作:チャド・スタエルスキ(『ジョン・ウィック』シリーズ)
出演:アナ・デ・アルマス アンジェリカ・ヒューストン ガブリエル・バーン ノーマン・リーダス イアン・マクシェーン キアヌ・リーブスほか
提供:木下グループ 配給:キノフィルムズ 2025/アメリカ/英語/シネスコ/5.1ch/R15+/原題:BALLERINA
#映画バレリーナ JW
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