片時も退屈しない…。
映画史上初の特殊メイクにも注目
本作はまた、ダーレン・アロノフスキーの代表作である『ブラック・スワン』(2010)で見られたようなトリック撮影やショッキングな音響効果も鳴りを潜めている。カメラは終始主人公の挙動を的確なフレームに収めることにつとめ、録音マイクはチャーリーの生の呼吸を正確に拾う以上のことはしない。
動きの乏しい主人公、室内劇、古典的なカット割りとドキュメンタリー的な音響設計。一見、禁欲的とも言えるスタイルが採用されている本作だが、驚くべきことに、片時も退屈させられることはない。
一人の男の“生きものの記録”に徹した本作が、観る者の目を惹きつけるのは、個性に富んだ訪問者とのスリリングな会話、ハーマン・メルヴィルによる海洋冒険小説『白鯨』を巧みに引用した創意あふれる脚本の力に加え、本作で見事アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞した、ブレンダン・フレイザーを始めとしたキャスト陣の熱演に拠るところが大きい。
アロノフスキーは、特殊メイクの大家であるエイドリアン・モロットの力を借り、史上初のデジタル技術によるプロセティック・メーキャップ(特殊メイク)を採用。ブレンダン・フレイザーの生の肉体とCGを融合させることによって、今まで誰も観たことのない、ユニークな身体表現が実現している。
しかし、ここでは、シナリオ面や演技面ではなく、監督を務めたアロノフスキーによる、役者の動線とポジショニングに関する演出に着目して本作の魅力を紐解いていきたい。