スクリーンで堪能したい
ダーレン・アロノフスキーの新境地
3人目の訪問者は、チャーリーと長らく疎遠だった17歳の娘エリー(セイディー・シンク)である。彼女は、8年前に自分を捨てて家を出た父への憎悪を剥き出しにして、容赦ない罵声を浴びせる。多くのシーンで、エリーはチャーリーから距離を取り、背面から言葉を浴びせかける。
正面でも、横並びでもなく、チャーリーの背後から言葉を投げかけるエリーを捉えたショットは、父と向き合うことを拒否する彼女の意思を表現すると同時に、父に振り向いてほしいという微かな甘えも感じさせる。
チャーリーとエリーの関係性の変遷は、ストーリーの軸となるが、シーンの推移に伴い、両者の位置関係も変化していく。本作が観る者の目をスクリーンに釘付けにするのは、物語に奥行きを与え、室内劇に豊かな広がりをもたらすアロノフスキーの人物配置の妙に他ならない。
けれん味に富んだ撮影や演出で鳴らした過去作とは異なり、正攻法とも言えるシンプルな演出に徹した本作は、まさにアロノフスキーの新境地。円熟という言葉がふさわしい、充実した演出を堪能するために、スクリーンに足を運ぶことをお勧めする。
(文・山田剛志)
【作品情報】
『ザ・ホエール』
監督:ダーレン・アロノフスキー(『ブラック・スワン』『レスラー』)
原案・脚本:サミュエル・D・ハンター
キャスト:ブレンダン・フレイザー、セイディー・シンク、ホン・チャウ、タイ・シンプ
キンス、サマンサ・モートン
提供:木下グループ
配給:キノフィルムズ
2022年/アメリカ/英語/117分/カラー/5.1ch/スタンダード
原題:The Whale
字幕翻訳:松浦美奈
PG12
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