物語読解の鍵を握る主人公の名前
ところで、ウィリアム・テルという名前は示唆的だ。この名は中世スイスの英雄から来ている。伝説では、息子の頭の上に乗せたりんごを射るように命じた悪代官を、テルが倒したことで、スイスが独立するきっかけになったとされている。
テルとカークは擬似的な父子関係を築いたように見える。テルはカークを暴力から遠ざけ、新たな一歩を踏み出せるように尽力することで、過去の罪を償い、自分を許せると考えたのではないだろうか。それまでは目立たないように行動していたテルは、金額面だけでなく、カークの行動についても大きな賭けに出たのだ。
賭けの一つにはテルが他者を受け入れることも含まれる。彼がラ・リンダと歩き、ライトアップされた景色を見上げたときの美しさ。それまでの禁欲的な空間から抜け出し、停滞していたテル自身の人生も前に進み始めたようだ。こうして変化していく主人公の感情の機微を、抑えた演技で表現しきったオスカー・アイザックが見事だ。
テルの賭けはどこに向かうだろうか。ポール・シュレイダーは、フランスの映画作家ロベール・ブレッソンから非常に大きな影響を受けており、過去作同様、『カード・カウンター』でもブレッソンを思わせる描写が随所に見られる。特に、『アメリカン・ジゴロ』(1980年)同様、本作の終盤はブレッソン『スリ』(1959年)を彷彿とさせる、救済にまつわるショットが印象に残る。
ぜひ映画館に足を運んで、賭けの結果と彼の魂の行方を見届けていただきたい。
6/16(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート新宿ほかにて全国順次公開
【作品情報】
監督・脚本:ポール・シュレイダー 製作総指揮:マーティン・スコセッシほか
出演:オスカー・アイザック、ティファニー・ハディッシュ、タイ・シェリダン、ウィレム・デフォーほか
2021年/アメリカ・イギリス・中国・スウェーデン/英語/112分/カラー/ビスタ/5.1ch
原題:The Card Counter/R15/
日本語字幕:岩辺いずみ/字幕監修:木原直哉
配給:トランスフォーマー
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