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過去作とは一線を画する新たな領域へ

© 2022 SPF (CRIMES) PRODUCTIONS INC. AND ARGONAUTS CRIMES PRODUCTIONS S.A. © Serendipity Point Films 2021
© 2022 SPF CRIMES PRODUCTIONS INC AND ARGONAUTS CRIMES PRODUCTIONS SA © Serendipity Point Films 2021

 一方で、監督自身も過去作との共通性について言及している通り、これらの装置群が喚起する触覚的できわめてエロティックなイメージは、たしかに前世紀のクローネンバーグ映画にお馴染みのものではある。またじっさい、70年版の本作と同名の短編には、短いながらもすでに、役割のわからない新たな臓器を切除し、ビーカーに保存する描写が現れてもいた。

 ともすれば、80代を間近に控え、キャリア最初期の20代に展開しきれなかった着想を再び追求しようとする本作の姿勢に、タイトルにある未来という言葉とは裏腹に、いまや晩年に差しかかった巨匠による、セルフパロディじみたノスタルジックな傾向を見出す向きもあるかもしれない。しかしながら本作は、通常懐古的な姿勢と結びつきがちな「老い」という一点において、むしろ過去作とは一線を画する新たな領域へと突入しているように思える。

 劇中のテンサーは、ほぼ常に身体のどこかに不調を抱えている。初登場の場面からして、よく眠れず、他の人間たちからはもはや失われたはずの痛みに苦しみ、「オーキッド・ベッド」とカプリースに促されてなんとか起き上がる彼の姿は、あたかも肉でできたパラマウントベッドに寝かされ、介護を受けている老人のようだ。

 続いて彼は、「ブレックファスター・チェア」に補助されて朝食をなんとか流し込もうとするが、そこでも何度も喉を鳴らし、痰を吐き、ひどく咽せ返ってしまう。同様に彼は、臓器登録所の若い女から言い寄られてキスをするが、古風なセックスは苦手であるとして彼女の誘いを最終的には拒む。見方によっては睡眠障害、摂食/嚥下障害、勃起障害を同時に抱えているようにすら見えるテンサーはしかし、どうやら温もりや湿り気を感じさせる不気味な装置群と触れ合うなかで、苦しみと同時にある種の快楽を得てもいるようなのだ。

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