主人公は”嘘”そのもの—
悲しき主人公レナードによる理由なき殺人
たしかにレナードは、短期記憶の喪失という珍しい障害を持っている。しかし、自分自身に嘘をつくという行為は誰もが行うことだ。仮に本作に教訓を見出そうとすれば、この点が挙げられるだろう。ただ、勘違いしないでもらいたい。ノーランは嘘そのものに反対しているわけではない。嘘がどのようなメカニズムで作用するのかに魅了されているのだ。
本作でレナードは、テディがレナードの妻をレイプし殺害した犯人だという嘘を信じる。確かにテディはレナードの記憶障害の病状に責任はない。しかし、彼は記憶障害のテディを自らの操作に利用しようとしている。つまり、責任がまったくないわけではないのだ。
テディは「君は自分で真実を作り上げている」とレナードに言う。レナードが作り上げた真実とは、他ならぬテディの抹殺だ。しかし何故レナードを殺害しなければいけないのか―。レナードは、その理由をすぐに忘れてしまう。しかし、今更理由など重要ではない。たとえ殺害の理由が頭から抜け落ちていても、殺害すること自体に意味があるのだから-。
レナードの皮肉な部分はこの点にある。つまり、彼は、妻の死の真実の探求を動機に据えているにも関わらず、結果として嘘で塗り固めたファンタジーの中で生きているのだ。レナードの”本当の真実”は、彼が妻を殺害したという耐え難いものだ。この記憶を抑圧するため、彼は自分に新しい嘘をついていく。そして10分後、その嘘は彼のファンタジーの構成要素となる。
つまりノーランは、巧妙なストーリーとキャラクター設定で、”嘘”そのものが主人公となる映画作品を製作したのだ。こういった点で、レナードはノーランが思う”嘘”を擬人化させた存在なのかもしれない。
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