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実験的な即興演出によって役者の魅力をあぶり出す

フェルディナン役のベルモンド(右)とマリアンヌ役のカリーナ
フェルディナン役のベルモンド右とマリアンヌ役のカリーナGetty Images

主役のフェルディナンを演じたのは、フランス出身の俳優、ジャン=ポール・ベルモンド。ゴダールの処女作『勝手にしやがれ』で主役を演じてブレイク。本作では都会から逃れ、破滅的な放浪生活に身を投じる男を自由奔放な演技で体現し、アラン・ドロンと並ぶ、戦後を代表するフランス人俳優として大成するきっかけとなった。

本作の成功によって映画の歴史に名を残したゴダール×ベルモンドのタッグ。しかし、ベルモンドは職業俳優として熟達するにつれ、シナリオを用いないゴダールの制作手法が身に合わなくなっていく。一方、ゴダールは『気狂いピエロ』以降、従来の商業映画とは一線を画す、独自の映画づくりに邁進することになり、両者は永遠に袂を分つことに。本作はゴダール×ベルモンドの黄金コンビによる最後の作品でもあるのだ。

マリアンヌ役のアンナ・カリーナは1940年生まれのデンマーク出身の女優。60年ゴダール作品のミューズとして知られ、実生活でのパートナーでもあった。本作ではフェルディナンを破滅へと導くファム・ファタール(運命の女)に扮し、太陽のまばゆい輝きを凝縮したような表情と身振りで観る者を魅了する。

『気狂いピエロ』撮影現場のアンナ・カリーナ
気狂いピエロ撮影現場のアンナカリーナGetty Images

実のところ、ゴダールとアンナ・カリーナは1964年にすでに破局しており、本作は両者の離婚後に撮影された作品である。マリアンヌは、主人公を翻弄した挙句に裏切り、非業の死を遂げる。男女のすれ違いと悲劇的な結末を描く本作は、ゴダール×カリーナという稀代のカップルの肖像画としても観ることができるのだ。

ベルモンド、カリーナともに内面の深さを表情や身振りで思い入れたっぷりに表す、いわゆる“クサい芝居”を見せるわけでもなく、かと言って、内面をはぎ取られたオブジェのような存在として映されているわけでもない。ゴダール流の即興演出によって、演じることを通じて役者本来の魅力があぶり出されていく。

『最前線物語』(1980)などで知られるハリウッドの名匠・サミュエル・フラーは本人役で出演【Getty Images】
最前線物語1980などで知られるハリウッドの名匠サミュエルフラーは本人役で出演Getty Images

冒頭のパーティーシーンでは、ハリウッドの映画監督・サミュエル・フラーが本人役で登場。「ずっと映画とは何なのか知りたかった」と告げるフェルディナンに対する、「映画は戦場のようなものだ。愛と憎しみとアクションと死がある。つまり感動だ」というセリフは、つとに有名。劇映画の中に実在する人物を登場させ、インタビューの受け答えをそのままフィルムに定着させる手法は、引用と即興演出を得意とするゴダールならでは。

ゴダールにとって配役とは、キャストの言葉、身体、思考を引用する試みに他ならず、役者たちはゴダールのセンスによって映像世界に呼び込まれ、永遠の輝きを放つのだ。

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