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音楽を自由自在に切り貼りする独創的な編集センスに注目

音楽を担当したのは、フランス出身の作曲家であるアントワーヌ・デュアメル。ゴダール作品の音楽を担当するのは本作が初めてである。

音楽を手がけたアントワーヌ・デュアメル
音楽を手がけたアントワーヌデュアメルGetty Images

冒頭から美しくもどこか不安げなストリングスが鳴り響き、この物語が悲劇であることを高らかに宣言する。格調高いサウンドトラックは、ゴダール特有のコラージュ的な編集センスによってぶっきらぼうに切断され、フェルディナンとマリアンヌのデュエットのような言葉の応酬(ナレーション)につながれる。

映画音楽と言えば、曲が終わりに近づくにつれて徐々に音声を絞り、映像に馴染ませていくスタイルが一般的である。しかし、本作では他のゴダール作品と同様、音楽はランダムに切り刻まれ、別の流れに接続される。音楽が持つエモーショナルな効果に寄りかかるのではなく、一旦それをバラバラに解体した上で再構築し、映像から新しい感情を引き出そうとする、高度な試みがうかがえるのだ。

映像×音の組み合わせをめぐる芸術的探求は、ローリング・ストーンズのレコーディング風景を追ったドキュメンタリー『ワン・プラス・ワン』(1968)や、『右側に気をつけろ』(1987)をはじめとした後期の作品において、さらに深まりを見せることになる。

一風変わった恋愛モノであり、犯罪ドラマでもある本作は、稀代の天才女優・アンナ・カリーナを主役にしたミュージカル映画でもある。人里離れた海辺の一角で、あてどなく歩きながらシャンソン曲「私の運命線」を歌う場面は、映画史に残るミュージカルシーンの一つ。

映画『気狂いピエロ』の1シーン。二人はゴダール映画の常連だ
映画気狂いピエロの1シーン二人はゴダール映画の常連だGetty Images

キュートに体をくねらせながら「私の短い運命線 はかない運の 明日が不安な私の手」と歌うマリアンヌに対し、フェルディナンは「それよりも君の体の線が好きだ 腰のラインが」と語り、両者のやりとりはデュエットのような様相を呈する。多幸感に満ちたシーンではあるが、曲の歌詞はその後の悲劇と、フェルディナンとのすれ違いを予告している点にも注目したい。

束の間の幸福が、即興演出による一度きりのアクション、歌唱、陽の光によって見事に表現される本作のミュージカルシーンは、公開から60年近く経った現在でも、映画ファンの心を捉えて離さない。

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