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非正規の軍人とフィルムカメラの描き方

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』
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 そして本作で白眉なのはジェシー・プレモンスが演じた迷彩服の男だろう。戦争の恐ろしさはミサイルや銃撃よりも彼が登場するこのシーンに凝縮されている。彼は迷彩服こそ着ているものの部隊章が無いことから正規の軍人ではなく、また自警団か民間のミリシア(民兵組織)にも所属していないだろう。

 戦時において軍事組織などの規律にも属さない武装した個人による殺戮が横行したことは旧ユーゴスラビア紛争や、ソマリアなど過去の戦争を見れば明らかである。戦時において生殺与奪をもった個人がいとも簡単に人を殺すというシーンはあまりに理不尽で不条理であり背筋が凍るほどショッキングである。
 
 もうひとつ興味深かったのはジャーナリストである主人たちがもつカメラである。

 マグナムフォト(1947年にロバート・キャパやアンリ・カルティエ=ブレッソンたちが結成した世界的写真家集団)に所属するというリーが持つのはSONYの「α7」というミラーレスのデジタルカメラである。対して若手カメラマンのジェシーはNIKON FE2(たぶん)という銀塩(フィルム)カメラで、しかもモノクロフィルムを使用している。

 デジタルカメラの撮影枚数は保存先のストレージ次第であり撮影枚数の上限は実質無いに等しく、失敗を恐れず何回でもシャッター切ることができる。対してジェシーが使用するカメラはフィルムで巻き上げ式。一枚撮影するごとに右手でフィルムを巻き上げなければならず、現代において戦場での即応性という点では場にそぐわないカメラである。

 しかしなぜフィルムカメラを登場させ、またこれほどまでに詳細に描いたのか。構図からピント、シャッタースピード、絞り、そして露出など、撮影枚数に限りがあるフィルムカメラでシャッターを切る瞬間はデジタルカメラ以上に被写体への意識が強く働く。

 そこには他者に対して想像力や感情を少しも向けることなく簡単に引き金を引く分断した世界の中で、ジャーナリストという他者に強く関心を持ち続けるジャーナリストとの対比が見出せる。また動画が隆盛である今の時代において「写真」を報道の術として用いるジャーナリストを主人公にした点でも本作は示唆に富む。

 動画やライブ映像の報道などからは臨場感が伝わるが、写真は事実の記録とともに見る側の感情を沈めさせ冷静な眼差しを与えてくれるのである。

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