病院全体をひとりの⼈間に⾒せる
「リップスティックカメラ」の働き
癌宣告を受けると「どうして⾃分だけが」と絶望的な気持ちになると⼈はいうが、本作で⾍⻭の治療でもするように雑談混じりに病巣と向き合う医師達の姿を⾒ると「⾃分だけじゃないんだよな」と救われたような気持ちになるのかもしれない。
⼀⽅で⼼配になるのは⼩さなしくじりに対して容赦なく⾶び交う医師たちの罵声だ。⾳声字幕だけを追っていると配管⼯事に勤しむ⼯員たちのようでもある。⼿術とは針⽳に⽷を通すような慎重さと完璧さが求められるものではなかったのか。
雑談にも愕くが、内蔵に直接触れる医療器具の動きが時に雑に⾒えるのにも愕く。体内と医療現場のカットバック。その繋がりがシームレスに感じられるのは院内における医師たちの動きを捉えているのが内視鏡カメラと同じ質感の映像が得られる超⼩型カメラによるものだからだそうだ。
医療⽤レンズに⾮常に近いスタイルと質感を持つ「リップスティックカメラ」。この撮影機材のおかげで内視鏡の体内映像と病院内で動き回る医師達の映像に類似性が⽣まれ、やがては病院全体がひとりの⼈間に⾒えてくるという仕掛けだという。
院内で蠢く病巣と向き合う医師たちの姿が現代の医学・科学の進歩を予⾒していたSF映画『ミクロの決死圏』(1966年)でミクロサイズに縮⼩して体内に送り込まれた戦⼠たちと重なっていく。 監督陣も語っている。「この映画は、病院全体の解剖学的研究でもあるのです」ヘイトな落書きに溢れた地下通路が⾷道や⾎管に⾒えてくる。