「あなたには中身がない」という言葉が意味すること
もうひとつ、明日をも知れぬ中でわたしたちが振り返ったのが、過去だ。震災を機に小村との離縁を決意したキョウコもまた、遠い記憶を手繰り寄せる。
「ひとつだけ願いを叶えようと言われた二十歳の誕生日、自分が何を願ったか」
「あのときそう願ったことを後悔してはいないか?」
未来が過去と地続きであるからこそ、当時の選択が大きな意味を持って自分自身に返ってくる。当時、自治体ごと県外避難した福島県双葉町の様子を伝える報道で何度も目にした「原子力明るい未来のエネルギー」という昭和の標語看板が頭をよぎる。
妻に逃げられた小村も、その原因を求めて彼女との過去に思いを巡らせる。そして「あなたと暮らすのは、空気のかたまりと暮らしているようなものだった」という妻の一筆に思い悩む。
共に人生を歩んできた妻から「あなたには中身がない」と言い切られてしまったことに。小村の元を離れたキョウコの言葉は、小村のみならず小村と暮らしていた「東京」そのものに対する痛烈な批判にも感じられる。
「中身って何?」
「皮だけのサーモンがあればいいのに」
北海道で暮らす女性の何気ない言葉がおいしい部分だけを集めようとする「東京」に対する皮肉にも感じられる。