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作り手の政治的姿勢をあえて見せないでいること

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』
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 映画のストーリーは次の通り。アメリカでは時の政権に対して、カリフォルニア州とテキサス州、二つの州が反乱軍WF(西部勢力)として同盟を結び、政府軍を追い詰めている状況と説明される。政府軍劣勢の中、女性戦場フォトジャーナリストのリー(キルスティン・ダンスト)と、記者のジョエル(ヴァグネル・モウラ)が、一年以上メディアのインタビューに応じないまま窮地に追い込まれた合衆国大統領の最後のインタビューを取るために行動しようとしている。

 そこにリーの恩師でベテランジャーナリストのサミー(スティーヴン・ヘンダーソン)と、戦場フォトジャーナリスト志望の無鉄砲なジェシー・カレン(ケイリー・スピニー)が加わり、ともにニューヨークからワシントンD.C.まで、最前線を迂回しながら1000キロの道のりを車で向かう。その中で、崩壊した秩序、そして人々の狂気に直面し、心身共に疲弊していく。

 本作は内戦を描いているけれど、その勝敗や軍事的展開、戦況みたいなものは主題にはしていない。そもそも現実のアメリカにおいて、カリフォルニア州はリベラルの砦であり、テキサス州は保守派が分厚いという、それぞれの党派性の象徴のような存在。ともに北米で人口、経済規模、そして州軍の軍事力でも拮抗している州である。

 内戦が起こったら真っ先に互いを攻撃しそうな関係性であるし、彼らが利害を一致して何かに立ち向かうなら、それは地球外生命体の軍事侵攻くらいしかあり得ない。そんなWFと敵対する合衆国大統領は三期目の任期を全うできるかという状況にある。これも一発でフィクションと分かる設定になっている。

 アメリカの大統領は、世界大恐慌の混乱期に就任し、第二次世界大戦まで指導したフランクリン・ルーズヴェルトが4選したのを除けば、2期8年までという建国以来の通例であり、これはルーズヴェルト死後の1951年の憲法改定によって法文化された。よって、本作中の合衆国大統領には合衆国の伝統と仕組みを無視した専制化の陰が色濃く映り、観客は安心してフィクションとして鑑賞できる。

 現代アメリカに起こっているリアルな対立をベースに設定を構築するような、制作側の政治的姿勢は一切見せず、観客は身近な暮らしの中で戦争が起こってしまう不条理や、生と死のような問題に没頭できる。その分断された世界の谷間を、あくまで中立を旨とするジャーナリストたちが移動することによって、他にはないロードムービーとして成立している、非常に秀逸な設定の映画なのである。

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