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「強すぎる兄貴」アメリカの懊悩

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』
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 世界最強の軍事大国、アメリカが内戦状態になった世界では、当然、濃密な戦闘シーンが描かれ、戦場描写や戦うアメリカ人の姿は、リアルを極めている。しかし本作の見どころは、そうしたミリタリー描写ばかりではない。やはり注目すべきは、首都ワシントンを目指して危険な戦場を走る4人のジャーナリストである。

 彼らの役割は、観客に代わって戦場に飛び込んでゆくことにある。特に駆け出しフォトジャーナリストのジェシーは、もっとも観客に近い立場だろう。戦場のリアルを知らず、しかしカメラという手段でそれを伝え、戦場フォトジャーナリストとして認められたいという,若者らしい強い野心もある。戦争は既存の秩序を壊し、新参者にチャンスを与えるのもまた事実。彼女の未熟な野心が、とくにチームを危険にさらすのだが、特に運命は無鉄砲さと一途な思いから大きく変化する。

 記者のジョエルはもっぱらナビゲーター、そしてメインドライバーとしてチームをサポートするが、いざ戦場に入れば、ポジティブな判断力と、独特の嗅覚で危機を克服し、あるいはチャンスを切り開いていく。言い方は悪いが、戦争の中でこそ精神状態が高く保たれ、才能が開花する人物がいるのも確か。彼の生き様に共感する観客は多いはず。

 ベテラン記者のサミーは老齢で肥満ゆえ脚も悪く、とても最前線を抜けて行くような冒険に同行できる状態ではない。それでも行くのは晩年を迎えつつある自身のキャリアを賭ける意味を見出したから。そして彼の豊富な経験に裏付けられた判断が、チームに不可欠なものであることが、やがてはっきりする。戦時下で、老人は決して無力な被害者ではないのだ。

 そしてカメラマンのリーは、世界的に名を知られた戦場フォトジャーナリスト。ジェシーの憧れの存在でもある彼女は、爆弾テロの現場にたまたまジェシーと居合わせた偶然から、チームへのジェシーの同行を認める。最初はどんな戦場でも冷静沈着に職務を遂行するリーに、ジェシーは萎縮し、圧倒されるばかりであった。

 しかしこの過酷な旅を続けるうちに、最前線の戦場カメラマンと不可分の選択、つまり「助けるべきか、撮るべきか」の選択を突きつけられ続ける中で、リーとジェシー、二人の関係性は大きく逆転していくことになる。

 アメリカという、世界最強の軍事大国を舞台にした内戦というテーマ。それだけに軍事マニアも腕組みするような演出や展開は各所にあるが、そこに質感と体温が伴うのは、それぞれ個性と動機が粒立っている主要人物の存在があるからだ。我々、日本人は、本作のテーマをアメリカ人ほど身近に感じとりながら見ることは難しい。

 しかし80年前までは不倶戴天の敵として互いに殺し合い、それから戦後は一貫して、世界で最も強固な同盟関係のパートナーとして頼り続けてきた「強すぎる兄貴」――アメリカが直面している懊悩を、この映画はなによりも強く我々に教えてくれる。

(文・宮永忠将)

【作品情報】
監督/脚本:アレックス・ガーランド
キャスト:キルステン・ダンスト、ワグネル・モウラ、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ケイリー・スピーニ―
配給:ハピネットファントム・スタジオ
原題:CIVIL WAR|2024年|アメリカ・イギリス映画|109分|PG12
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