ホーム » 投稿 » 日本映画 » 劇場公開作品 » 気鋭の映画研究者・伊藤弘了が解説する濱口竜介監督作『悪は存在しない』の魅力とは? 謎めいたラスト…タイトルの仕掛けを考察 » Page 5

この世界に悪は本当に存在しないのか?

© 2023 NEOPA / Fictive
© 2023 NEOPA Fictive

 巧は説明会の場で「問題はバランスだ」と言っていた。そのバランスをとる責任は、誰がどのように引き受けうるものなのだろうか。最終的に巧の心の堤を決壊させたのは何だったのか。この世界に悪は本当に存在しないのか。それとも悪意のない行動が積み重なって、悪にしか見えない結果を招き寄せてしまうだけなのか。補助金目当ての開発をゴリ押ししようとする会社社長とそれを後押しするコンサルが悪なのか。そもそも人間が生活のために自然に手を加えることは悪と言えるのか。

 会社のやり方に疑問を覚え、住民に思いを馳せつつ、思いつきのようにいっそ会社を辞めて管理人になろうとする高橋の振る舞いは、巧の何かを刺激してしまったのだろうか。高橋と黛を無償労働に従事させ、森の危険性についてろくに情報を与えなかった巧の行動は是認されるものなのか(巧が怪我をした黛に対して口にする「いや、すみません」の言葉は、彼が己の過失を認めているからこそ出てきたものだろう)。

 「いや、単純にわからないんだ」「そのとき鹿はどこに行くんだ?」。人間によって水場を奪われた鹿はどこに行けばいいのか。あるいは、人間に追われた鹿たちの魂に行き場はあるのか。

 手負いの子を抱えた親鹿と、危機に瀕する娘を守ろうとする父親の姿が重なり合い、黛と子鹿の身体から流れ出た血と、花の鼻血がオーヴァーラップする。残された数々の疑問は、明確な答えを与えられることなく、画面に充満する霧とともに闇夜に溶け込んでいく。

(文・伊藤弘了)

【作品概要】

大美賀均 西川玲
小坂竜士 渋谷采郁 菊池葉月 三浦博之 鳥井雄人
山村崇子 長尾卓磨 宮田佳典 / 田村泰二郎
監督・脚本:濱口竜介 音楽:石橋英子
製作:NEOPA / fictive プロデューサー:高田聡
撮影:北川喜雄 録音・整音:松野泉 美術:布部雅人
助監督:遠藤薫 制作:石井智久 編集:濱口竜介 山崎梓 カラリスト:小林亮太
企画:石橋英子 濱口竜介 エグゼクティブプロデューサー:原田将 徳山勝巳
配給:Incline 配給協力:コピアポア・フィルム 宣伝:uhuru films
2023年/106分/日本/カラー/1.66:1/5.1ch
© 2023 NEOPA / Fictive

4月26日(金)Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、K2ほか全国順次公開

公式サイト
公式X

1 2 3 4 5 6