疑惑だらけの陰謀論的モチーフー映像の魅力
『2001年宇宙の旅』のシンメトリックな舞台セットなど、美しい世界を一から構築するキューブリック。その人工的な映像美は、本作でも健在だ。例えば、ビルが当て所もなく彷徨する真夜中のシーンでは、パープルカラーの照明の中に幻想的な街並みがぼんやりと浮かび上がり、夢幻世界を見事に現出している。
そして本作最大の見せ場といえば、なんといっても中盤の儀式のシーンだろう。高級感漂うセットの中で仮面をつけた男女が裸になってダンスをしたり乱交したりする描写は圧巻で、公開時は大きな話題を呼んだ。
さて、このシーン、実はイギリスのメントモア・タワーズという場所で撮影されている。この名前、オカルト好きの方ならピンとくるのではないだろうか。そう、陰謀論界隈で名高いロスチャイルド家が建設した歴史的建造物だ。
これだけではない。例えば、館の入り口には、秘密結社であるフリーメイソンの柱であるMasonic pillarが建てられており、作中ではフリーメイソンのモチーフである「プロビデンスの目」をイメージした仮面が登場する。つまり、キューブリックは作中で、確信犯的に陰謀論のモチーフを散りばめているのだ。
一説によると本作、撮影から編集に至るまで全て極秘に進められており、試写会時も上映直前に映写マンを外に出し、主演2人とワーナーブラザーズ関係者2名のみに上映されたという。
この事実からとある噂がささやかれている。実はキューブリックは秘密結社のメンバーで、本作はその内実を暴露するために作ったのではないか、というものだ。
にわかに信じがたい噂だが、この噂がもし本当だとするとキューブリックの突然の死にも合点がいく。心臓発作は暗殺のカモフラージュにかっこうの死因だからだ。また、先述の通り、本作は「夢の中で誰かが見ている」という恐怖を表象しており、世界が他者によって操作されているという陰謀論の恐怖とパラレルになっている。
また、ビルの妻であるアリスの名前の由来は、周知の通り『鏡の国のアリス』からきており、作中では彼女が鏡をのぞくカットが随所に挿入されている。実像と鏡像という演出は『シャイニング』(1980)などでも見られるキューブリックお得意のものだが、本作では陰謀に操られた作中世界と現実世界を表象しているようにも思えてくる。
もしキューブリックが、自身が所属する結社の内実を暴露するために本作を制作したとしたら、そして、作中のビルよろしく結社の人間に追われ、心臓発作に見せかけて暗殺されたのだとしたら…。映画と現実が裏返ったようなこの噂、信じるか信じないかは読者次第だ。