不条理な世界に差し込む一筋の光明ー映像の魅力
本作には、2004年に起きたスマトラ島沖地震や2005年に起きたロンドン地下鉄爆破テロ事件など実際の災害をモデルにしたシーンが多数登場する。
特筆すべきは冒頭5分の津波の映像だろう。目の前の日常が突如として暴力的に破壊されていくというこの不条理さは、私たちが東日本大震災で被ったあの絶望感をいやが上にも想起させる。
なお、このシーンのCGは、これまで大作映画のVFXを数多く制作してきたスキャライン社が担当。ハワイのマウイ島で撮影された映像にイギリスのパインウッド・スタジオの巨大水槽で撮影された映像を合成することで制作されている。
しかし、このシーン以降、イーストウッドは、作中にわかりやすいスペクタクルを描かない。例えば、ロンドンの地下鉄爆破テロのシーンでは、爆破のシーンの代わりに、テロが逃げ惑う群衆のざわめきやテレビの映像が描かれている。ここには、不条理を超えたスピリチュアルな力をドラマに昇華しようとする彼の思惑がはっきりと垣間見える。
不条理といえば、登場人物が群衆や周囲の状況に翻弄されるカメラワークが多いのも本作の大きな特徴といえるだろう。例えば、先の爆破テロのシーンでは、雑踏の中、兄の帽子を追いかけ回すマーカスの姿が、彼の主観ショットで描かれている。また、ジェイソンが事故に遭うシーンでも、不良少年に取り上げられた薬を必死で掴み取ろうとするジェイソンの姿が彼の主観ショットを介して描かれる。
こういった描写は、茫漠とした光明の中で数多の人々が行き交うというマリーの臨死体験のビジョンともパラレルになっている。雑踏の中に差し込む一筋の光明。それは、不条理に満ちた世界でもがきながら光をつかむという人生の真理を表現しているのかもしれない。