ヒットマン(殺し屋)の映画史
殺人依頼者たちと主人公ゲイリー・ジョンソン氏(グレン・パウエル)の会話は、長大な時間をかけた念入りな取材がものを言い、リアルかつ最高におもしろく、映画冒頭から抱腹絶倒のトーキング・コメディとなっている。
さらに40種類もの変装。この変装による人物類型の分裂効果こそ、『ヒットマン』の最大の主題である。タラ・クーパー(メイク担当チーフ)、アリー・ヴィッカーズ(ヘアスタイリング担当チーフ)、ジュリアナ・ホフパワー(衣裳デザイナー)の3名の女性を長とするチームが、さまざまなフォルムの殺し屋を造形していく。
メイク/ヘアスタイリング/衣裳の3要素による類型化作業と並行して、映画はヒットマン(殺し屋)の映画史をも掘り起こす。なんともリンクレイターらしいやり口だ。こうした類型化作業の並行化それじたいもまた、リンクレイター&パウエルコンビのしかけた喜劇要素ともなっている。画面上には映画史上のヒットマンや依頼者、犠牲者のアーカイブが次々と写し出される―。
『拳銃貸します』(1942/フランク・タトル監督)におけるアラン・ラッド。『ダイヤルMを廻せ!』(1964/アルフレッド・ヒッチコック監督)におけるグレイス・ケリー。『殺しのテクニック』(1966/フランコ・プロスペリ監督)におけるフランコ・ネロ。『続・夕陽のガンマン』(1966/セルジオ・レオーネ監督)におけるクリント・イーストウッド。『メカニック』(1972/マイケル・ウィナー監督)におけるチャールズ・ブロンソン。そして『拳銃(コルト)は俺のパスポート』(1967/野村孝監督)と『殺しの烙印』(1967/鈴木清順監督)というふうに宍戸錠だけは2本も取り上げられている。
注意すべきは、ゲイリー・ジョンソン氏の40面相は、メイク担当のタラ・クーパーの指導のもと、演じるグレン・パウエル自身がメイクをおこなったことである。まるで歌舞伎役者が自分の顔は自分で化粧するように。なぜなら、実際のゲイリー・ジョンソン氏自身が、おとり捜査の直前に自分でメイクをほどこしていたからである。
類型化作業の反復によってアイデンティティ・クライシスが忍び寄ってくる。ゲイリー・ジョンソン氏とダンディな殺し屋ロンの相互浸透がだんだんと進行し、冴えない大学講師だったはずが、女子学生から「最近、ジョンソン先生はイケてる」という評価さえも出始める。