聡実くんが狂児にカラオケを教える理由
『タイガー&ドラゴン』でヤクザに落語を教えることにしたどん兵衛師匠には「落語1個につき10万円の授業料が発生し、それを借金返済に充ててもらえる」という明確な対価があった。
しかし、今作の聡実くんには、わざわざ「ヤクザに歌を教える」ことに見合った、目に見える対価がない。
ではなぜ、聡実くんはこの仕事を受けたのか? それは「大人への憧れ」があったからではないだろうか。中学3年という微妙な年代の前に現れた、狂児という面倒臭いが面白い人間。その自由な振る舞いや大らかな性格に、ほんのりと憧れていたのだ。
『カラオケ行こ!』に登場する、聡実くんの周辺の大人は大きく分けて3パターン。両親、合唱部の顧問、そして、成田狂児。両親には思春期特有のむず痒いイライラを感じている。
合唱部の顧問は、全国進出を逃した部員を「先生の中では君たちが1等賞!」と励まし、「ほんの少し愛が足りへんかったかな。みんな知らんの? 歌で大事なのは、愛」と熱弁する。生徒から「お花畑やー」と茶化されるのにも頷ける、悪意なき「薄さ」がある。
親はなんか嫌だし、先生もなんか薄い。そんな退屈な人間関係の中に突然現れたのが、ヤクザの狂児だった。どう考えても見習ってはいけない存在だが、妙にかっこいい兄貴分。
なりたくないけど憧れる、聡実くんにとってそんなかっこいい大人が狂児で、そんな大人に会える場所こそが「放課後のカラオケボックス」だったのだ。