ホーム » 投稿 » 海外映画 » 劇場公開作品 » 映画『メイ・ディセンバー ゆれる真実』が描く「鈍い後味の悪さ」とは? 一筋縄ではいかないメロドラマを考察&評価レビュー » Page 3

汲み尽くせない謎に満ちた不気味な厚み
トッド・ヘインズ作品の登場人物たち

©2023. May December 2022 Investors LLC, ALL Rights Reserved.
©2023. May December 2022 Investors LLC, ALL Rights Reserved.

 また、綿密な取材を通じて対象を多角的に理解しようとするエリザベスの姿勢は、ヘインズが最初期から採用してきたスタンスをメタ的に取り入れたものにも見える。

 たとえばヘインズは、『スーパースター カレン・カーペンターストーリー』(1987)ではカレンが苦しんだ摂食障害について、ムーアがはじめてヘインズと共闘し主人公の主婦キャロルを演じた『SAFE』(1995)では彼女が恐れる化学物質過敏症について入念なリサーチを行い、作中の人物たちが抱える自らとは質の異なる苦しみや不安に誠実にアプローチしてきた。こうしたスタンスは、実録ものの前作『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』(2019)に至るまで変わらない。

 だが急いで付け加えておけば、彼の映画は、単に対象と誠実に向き合っているから面白いのではない。彼は架空インタビューやニュース映像などモキュメンタリー的な手法をも駆使することで、単に調査の成果を優等生的に反映するのではなく、つねにそこに悪意を含めたひねりを加えてもきた。

 その上で彼は、取材や調査では決して辿り着けない領域にこそ目を向ける。調べれば調べるほど、考えれば考えるほど対象のことがわからなくなる、謎や過剰さに突き当たった地点でこそ、ヘインズ映画の人物たちは妖しげな魅力を放ち出す。この映画の主人公3人もまた、それぞれに汲み尽くせない謎に満ちた、不気味な厚みを持った人物たちだ。

1 2 3 4 5 6 7 8 9
error: Content is protected !!