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謎に満ちた2人の女の行動

©2023. May December 2022 Investors LLC, ALL Rights Reserved.
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 さらに徹底した模倣の対象はグレイシー本人にとどまらず、周囲との関係にまで及ぶ。ジョーの職場をはじめて訪ねたエリザベスは、これまた試着室でのグレイシーを意識したかのように大胆にシャツのボタンを開けて、かつての彼女もそうだったのかもしれない無防備さでジョーを誘惑してみせる。

 このグレイシーの心情をとことん追体験しようとするエリザベスの異様なまでのこだわりは、半ば強引にジョーとの浮気行為に及んだ直後に、かつてグレイシーがジョーに宛てた稚拙な手紙の内容をひとり鏡に向かって暗唱するグロテスクな場面で頂点に達する。

 そして、感情を込めれば込めるほど芯を外していく、そこでの寒気を催させるポートマン入魂のモノローグは、映画内映画の撮影現場をとらえた結末部とも完璧に共鳴する。あまりにも表層的なB級映画での彼女の熱演は、あれだけ全精力を傾けて一体この女優は何をしたかったのだと、全ての観客を困惑させるだろう。

 他方で、こんな人間をいくら真似しようとしても、真実になど辿り着けるわけがないと確信させる程度には、グレイシーの行動も謎に満ちている。彼女は、周囲から構ってもらえなくなると子供のように泣き出したかと思えば、事件当日の同意をめぐる最も微妙なやり取りについては徹底して責任を逃れようとする。

 彼女は喜怒哀楽をまるで隠さないが、その裏表のなさがかえって自らが抱える空虚の途方もない大きさを示しているようにも感じられる。ムーアは、化学物質過敏症を恐れるあまりカルト集団に入信するも、そこで求めていた安心を得られたようにも見えなかった『SAFE』の主人公キャロルから約30年後に再び、一見幸福そうでいて何かが決定的に欠落しているようにも見えるグレイシーという複雑極まりない1人の女性にこの上ない実在感を与えたと言えよう。

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