ホーム » 投稿 » 海外映画 » 劇場公開作品 » 「広島と長崎を描かない」という選択に潜む忖度…アカデミー受賞作の見逃せない問題点は? 映画『オッペンハイマー』考察&評価 » Page 5

日本の映画人による『オッペンハイマー』への真の応答のあり方とは

© Universal Pictures. All Rights Reserved.
© Universal Pictures All Rights Reserved

「彼の恋愛について考えるなら、彼の人生における2人の女性は、回路図上のスペクトルである。一方はうつ病、もう一方はアルコール依存症であるが、これはチェックボックスにチェックが入っているにすぎない。じつのところ登場人物はみな、オッペンハイマーのように骸骨的なのである(マット・デイモン演じるロス・アラモスの不機嫌かつ狡猾な将軍だけが例外だ)」

上記のようにきわめて手厳しい評価を書き付けるのは映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」の批評家エルヴェ・オブロンであるが(※注)、筆者はここまで批判的ではないものの、特にうつ病を患った愛人ジーン・タトロックの描写などはかなり粗暴で、このジーンという女性がなぜオッペンハイマーから贈られた花束をいつも捨ててしまうのかについての最低限の説明も省略されたまま、この役を演じたフローレンス・ピューは不自然なまでにオールヌードを披露させられている。

赤狩り追及の聴聞会にまで「幻想」という形式のもとにフローレンス・ピューは全裸で登場し、聴聞会の出席者たちの面前で主人公に股がり、座位でセックスしている。なぜ彼女のヌードをこんなに何度も見せられねばならないのか、筆者には最後まで謎だった。

以上、述べてきたように、『オッペンハイマー』は賞賛すべき点と、疑問に付すべき点とがポレミックに同居した問題作である。

IMAXのテクノロジー特性を最大限に引き出した極上のスペクタクルとして歴史に名を残すと同時に、編集の恣意性、シナリオの粗暴さ、人物造形の冷酷さにはかなりの瑕疵がある。

日本の著名な特撮監督が、自分たち日本の映画人が『オッペンハイマー』への応答を作る番だ、と意気揚々と述べたことが報じられたが、それは断じて、『オッペンハイマー』が描くことを(おそらくは意図的に)怠った広島、長崎の被爆の実態をただ単に事細かに描いて仕返しすることであってはならない。真の応答とは、アメリカがアメリカ自身の加害に目をつぶったなら、日本は日本自身の加害に目をつぶらないことを示すことにほかならない。

戦前戦中の大日本帝国がアジアと太平洋の諸地域でおこなったおびただしい蛮行の数々を、殺戮の数々を、『オッペンハイマー』に負けぬ労力と念入りさをもって映像に置き換えること。それが実現するのでなければ、『オッペンハイマー』への真の応答などありはしない。

※注 https://www.cahiersducinema.com/actualites/oppenheimer_l_emphase_atomisee/

(文:荻野洋一)

<作品情報>
監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン
製作:エマ・トーマス、チャールズ・ローヴェン
出演:キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナー
原作:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン 「オッペンハイマー」(2006年ピュリッツァー賞受賞/ハヤカワ文庫)/アメリカ
2023年/アメリカ 配給:ビターズ・エンド  ユニバーサル映画 R15
© Universal Pictures. All Rights Reserved.
公式サイト

1 2 3 4 5 6
error: Content is protected !!