アイデアが関与することを嫌うノーランの光と影
ノーランは本来、マイケル・ベイと同じくらい、表現が映像そのものに偏った「無思想な」映画作家だと思う。表現したいのはあくまでも視覚的な快楽。ストーリーは絵作りの理由でしかない。『プレステージ』(2006)や『インターステラー』(2014)といった哲学的なテーマが語られる作品もあるにはあるけど、そうしたものは大抵、哲学SFテレビドラマ『ウエストワールド』(2016〜22)のクリエイターでもある実弟ジョナサン・ノーランが脚本に絡んだ作品なのだ。
映像に他者のアイデアが関与することを嫌うノーランは、撮影後の加工を容易にするデジタル撮影やVFXを徹底して避けている。結果、映像はノーランならではの美的感覚が全開になっているものの、最新ツールの恩恵から目を背けた映像表現は、『TENET テネット』(2020)の逆回し撮影を例に挙げるまでもなく、多分に“車輪の再発明的”なところがある。
しかしそうした欠点があるにもかかわらず、ノーランはスタジオやスタッフを巻き込んでビッグバジェットの映画を作りあげ、ことごとくヒットさせてしまう。そこに彼の天才性がある。
ノーランがデジタル撮影やVFXと同じくらい避けているのが、ストーリーを時系列順に語る行為である。時間軸が遡っていく出世作『メメント』(2000)から、同時並行して語られる三つのエピソードの経過時間が実は異なる『ダンケルク』(2017)、そして逆行がテーマの『TENET テネット』に至るまで、それは通底しているのだが、同様の演出が『オッペンハイマ―』でも施されている。