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ソフィア・コッポラが描く男と女の性的闘争…“車”の描き方に込められたメッセージとは? 映画『プリシラ』考察&評価レビュー

text by 児玉美月

スーパースター、エルヴィス・プレスリーと恋に落ちた14歳の少女プリシラの物語を繊細に描いた4月12日公開の映画『プリシラ』。映画文筆家・児玉美月さんによるレビューをお届け。ソフィア・コッポラの過去作、「グルーミング」を描いた他作品と比較し、本作の魅力の核心に迫る。(文:児玉美月)【あらすじ キャスト 考察 解説 評価】

※本レビューでは映画の内容についてネタバレがあります。鑑賞前の方はご注意ください。

【著者プロフィール:児玉美月】

「朝日新聞」、「文學界」、「群像」、「文藝」、「Pen」、「週刊文春CINEMA!」、「ユリイカ」、「Numero Tokyo」、劇場用プログラムなど寄稿多数。共著に『彼女たちのまなざし──日本映画の女性作家』、『反=恋愛映画論──『花束みたいな恋をした』からホン・サンスまで』、『「百合映画」完全ガイド』がある。2022年にはレインボーマリッジ・フィルムフェスティバル最終審査員、高校生のためのeiga worldcup批評家賞審査員、早稲田映画まつりゲスト審査員を務めた。

ソフィア・コッポラのフィルモグラフィのなかでもっとも共感性の高い作品

映画『プリシラ』
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 ピンクのカーペットの上を歩く赤いペディキュアを施した足、太く跳ね上がった漆黒のアイライン、束感のあるフサフサなつけまつ毛…。ラモーンズによる「Baby, I love you」のサウンドトラックにのせて煌めくファッションやメイクのショットが並ぶ『プリシラ』のオープニングシークエンスは、美しき姉妹たちが次々と自殺を遂げてゆく『ヴァージン・スーサイズ』(1999)や、遊び心に満ちた独創的な伝記映画『マリー・アントワネット』(2006)などで知られ、「ガーリーカルチャー」の代名詞ともいえる映画作家であるソフィア・コッポラらしさに溢れている。

 1950年代も終わろうとしている頃、故郷のアメリカから遠く離れた西ドイツのアメリカ空軍基地で、14歳のプリシラはすでに大スターであったエルヴィス・プレスリーと運命の出逢いを果たす。二人はお互いに抱えていた孤独を共有し、すぐに意気投合する。

 エルヴィスが兵役を終えて西ドイツを離れた後も交流はつづき、やがて彼らはメンフィスの邸宅がある「グレースランド」で暮らしはじめる。誰もが憧れてやまない夢のような生活のなか、プリシラは結婚と出産を経験し、少しずつ別の想いを芽生えさせてゆく……。

 エルヴィス・プレスリーの生涯唯一の妻であったプリシラ・プレスリーは、エルヴィスとともに過ごした14年間を綴った回想録『私のエルヴィス』を1985年に刊行した。これを基に映像化された『プリシラ』は、プリシラの視点からふたりの知られざるラブロマンスを描く。

 異国の地で見知らぬ男女が出逢うこの映画の導入は、東京という地で異邦人となったアメリカ人たちがひとときを共有するコッポラの代表作『ロスト・イン・トランスレーション』(2003)の再来も感じさせるだろう。『プリシラ』は稀有なシンデレラストーリーでありながら、実はコッポラのフィルモグラフィのなかでもっとも共感性の高い作品かもしれない。『プリシラ』はコッポラの映画だとすぐにわかる豪奢な世界観は顕在でありつつ、少女がひとつの「愛」の終わりを経て大人の階段をのぼる、これまででもっともほろ苦い映画となった。

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