スリラーの影に隠された濃厚な人間ドラマー脚本の魅力
本作といえば、ポスタービジュアルにも登場する人喰いザメを真っ先に思い浮かべる人が多いことだろう。しかし実は、本作の真の魅力は骨太な人間ドラマにある。
前半部では、サメをめぐるさまざまな人々の対立が描かれる。渦中にいるのは主人公のブロディだ。人命保護を理由に海水浴場の遊泳禁止を訴えるブロディは当初、利益を優先し遊泳禁止に反対する市長と対立。さらに、サメに3000ドルの「懸賞金」を賭ける遺族に頭を悩ませる。そして、こういった葛藤の中で、彼は自らサメ退治に挑む決意を新たにする。
後半部では、今度は海洋学者のプーパーと漁師のクイントの対立が軸になる。これまで勘を頼りに海を渡り歩いてきたクイントが、頭でっかちな学究肌のフーパーをこき下ろすのだ。スピルバーグ作品ではしばしば老人と若者の対立が描かれるが、このパートで描かれるのはこの類といえるだろう。ちなみに、ここでも仲介役はブロディが務めている。
しかし、両者は、共にサメ退治に挑む中で次第に歩調をあわせるようになり、ついには酒を酌み交わしお互いの傷を見せ合うまでに意気投合する。この後半部は、序盤のホラー展開が一転し、どこか男臭いアドベンチャーのようなトーンになっている。
そしてラスト。頼みの綱だったクイントも食べられ、船も大きく損傷し、いよいよ万策尽きたかと思ったその時、絶体絶命のブロディが取った行動が一気に形勢を逆転させる。この辺りの鮮やかさもエンターテインメントの醍醐味といえるだろう。
なお、本作のベースとなったのは、ノルウェーのとある村を舞台に医師と町民との対立を描いたヘンリック・イプセンの小説『民衆の敵』。原作者のベンチリーは、ここにマッコウクジラの脅威を描いたハーマン・メルヴィルの『白鯨』や、1916年に発生したニュージャージーサメ襲撃事件などの要素を盛り込んだ。なお、ベンチリーは当初、映画の脚本も単独で執筆しており、初稿にはブロディの妻であるエレンとフーパーの不倫劇やマフィアの抗争が盛り込まれていたという。
しかし、スピルバーグはベンチリーの脚本に盛り込まれたメロドラマ要素を排除し、男3人の人間ドラマに焦点を絞るように要望。リライトは当初ハワード・サックラーという脚本家にお願いしていたがうまくいかず、最終的に脚本が未完成のまま撮影スタートしたという。
その後、本来は俳優として出演するはずだったカール・ゴッドリープが脚本をリライト。最終的に彼が監督とキャストの意見を汲んだ上で夜通しリライトを重ねることになった。スピルバーグ自身とスタッフ・キャスト。彼らのリアリティが脚本に反映されたからこそ、本作は傑作たり得たのかも知れない。