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映画に親密な空気感をもたらしているもの

(左から)ケリー・ライカート監督、主演のミシェル・ウィリアムズ
左からケリーライカート監督主演のミシェルウィリアムズGetty Images

 

 ライカートらは、作家たちのパーソナリティを反映させてこそいないものの、はじめから彼女たちポートランドと縁の深い女性アーティストたちの作品を念頭に置いて脚本を執筆したとも述べている。※5

 すでにある程度時間を共有し、確立された信頼関係に基づいて選定を行なったことが、作品そのものよりも制作の過程、アーティストたちが送る生活の機微に焦点を当てた映画づくりに大きく寄与したことは疑い得ない。

 加えて、オレゴン州ポートランドを舞台とした彼女は、自身や友人たちが実際に住んだことのあるアパートをリジーらの自宅に、またその他にも馴染みのある場所を数多く登場させることで、映画に親密な空気感をもたらした。また、作品の中核を成すカレッジのロケ地には、2019年に112年にわたる歴史に幕を下ろした実際に存在した当地の名門校、オレゴン・カレッジ・オブ・アーツ・アンド・クラフトの跡地を用いた。

 ライカートと常連組の撮影監督クリス・ブローヴェルトは、リジーらが用いる窯など、コロナ禍の副産物として閉鎖後にほぼそのままの形で残されていた設備も生かしつつ、大量の機織り機を現場に持ちこむのみならず、撮影中に多くの若手アーティストや美術担当のスタッフらがそれぞれ作品やオブジェを製作する様子をも積極的にフレーム内に収めることで、活気に溢れた架空のキャンパスを出現させた。

 いくつかのインタビューで明かしている通り、ライカートは撮影中に、1933年にノース・カロライナ州アッシュビルに創立され25年間にわたり実験的なリベラル・アーツ教育を行なった伝説的な学校、ブラック・マウンテン・カレッジの存在をつねに意識していたという。ジョセフ・アルバース夫妻やデ・クーニング夫妻など優れたアーティストが講師を務め、学生としてロバート・ラウシェンバーグらを輩出した学校の自由な教育方針に倣うかのように、スタッフや若手アーティストらが独自の判断で現場に持ち込んだ着想を積極的に採用したこともあってか、作中のカレッジには独特の風通しの良さが見てとれた。

 また、同様の風通しの良さは周辺のギャラリーやアーティスト同士の関係性にも共通して見出せる。閉鎖的なアートワールドでの成功に強い関心を持っているようには見えない、ポートランドの芸術家たちに漂うどこかのんびりとした牧歌的な空気感は、たとえば先述のツワイゴフによる『アートスクール・コンフィデンシャル』(2006)などに顕著なアート界での成功や評価をめぐる辛辣なユーモアとは質的に全く異なる、とぼけた味わいを作品に付加しているだろう。

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