目に見えるものが全てではない
ボルグリが放つ現代社会への批判
そんな彼女が、思わず冷や水を浴びせられるシーンがある。それは、彼女が、母親に勧められてとあるセラピーに参加した時のこと。車座になって自身の辛い体験を語るこのセラピーで、彼女は他の出演者から「目に見える辛さを抱えている人はうらやましい」と言われてしまうのだ。
先にも述べたように、彼女の顔の瘢痕は、彼女自身の心の病の表出であり、「自身の病に気づいてほしい」という彼女のサインでもある。しかし、彼女は、この瘢痕があるがために、逆に一笑に付されてしまうのだ。
こうした演出には、SNSのエンゲージメントをはじめ、あらゆるものを可視化しようとする現代社会へのボルグリ自身の批判が込められているといえるだろう。
さて、ここまで読んだ方はお気づきかもしれないが、破滅へと向かうシグネの承認欲求は常軌を逸しており、正直通常のそれと同列に語るのははばかられる。
作中では明示されていないものの、おそらくシグネは、精神病(とりわけミュンヒハウゼン症候群)を患っているとする見方が妥当だ。であれば、精神病患者をモンスターとして扱うのは、少し倫理的に疑問を感じざるを得ないというのが正直なところだ。
ただ、先述の通り、本作の見事さは、こういった承認欲求というテーマから現代社会への風刺を展開しているという点にある。
なおボルグリは、次回作として、『ミッドサマー』(2019年)でお馴染みのアリ・アスターのプロデュース、A24の製作で、『Dream Scenario』なる作品を制作することが決定している。しかも主演はなんと、ニコラス・ケイジだ。
北欧発の未来の巨匠の誕生を、ぜひとも劇場で見届けたい。
(文・司馬宙)
【作品情報】
脚本・監督:クリストファー・ボルグリ
出演:クリスティン・クヤトゥ・ソープ 、エイリック・セザー、ファニー・ベイガー
2022年|ノルウェー・スウェーデン・デンマーク・フランス|97分|COLOR|ノルウェー語・英語|原題:SYK PIKE|字幕翻訳:平井かおり
配給:クロックワークス © Oslo Pictures / Garagefilm / Film I Väst 2022
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