画面からほとばしる熱気ー映像の魅力
まず、本作を語る上で欠かせないのが、ゴミ処理場の煙突から出るピンクの煙だろう。
モノクロ映画に一部だけ着色を施すというアイデアは、元々黒澤が『椿三十郎』で採用しようとしていた演出で、その後、スピルバーグの『シンドラーのリスト』でも使用されることになる。なお、このシーンは日本映画史を代表するシーンであり、『踊る大捜査線 THE MOVIE』(1998)でも主人公の青島刑事が煙突から色のついた煙が上がるのを見て「天国と地獄だ」とつぶやくシーンがある。
また、本作といえば、身代金の受け渡しのシーンについても触れなければならない。実際に電車の車内で撮影されたこのシーンは、バッグの受け渡しなどもあることから、「絶対に失敗ができない」という緊張感の中で撮影されている。なお、このシーンのロケ地は酒匂川だが、電車の窓から犯人の姿がよく見えるよう河川敷の家の2階が解体されたと言われている。
また、本作の映像を語る上で外せないのが、映像から伝わる熱気だろう。後半に登場する黄金町のダンスホールやうちわ片手に刑事たちが捜査会議をする様子など、本作には群衆の熱気がそのまま刻印されている。
こういった熱気は、本作の前半の密室劇のシーンでもみられる。ここシーンでは、役者たちの演技を止めずにワンカットで撮影するため、望遠レンズのカメラを複数台並べて撮影されているが、望遠レンズの性質上、どうしても絵が暗くなってしまう。そのため、白熱灯を大量に炊く必要があり、役者たちが皆汗を流しているのだ。しかし、この演出が功を奏し、三船たちの演技に得もいわれぬ臨場感を与えている。
なお、本作は真夏が舞台だが、「夏に夏の作品を撮るとだれも工夫しなくなる」という黒澤の考えから撮影自体は真冬に行われている。そのため、キャストは吐く息が白くならないよう口に氷を含みながら演技をしていたという。
ロケ地にも触れておこう。三船敏郎扮する資産家・権藤が住む高台の家は横浜市西区の高級住宅街・浅間台に設定されている。一方、山崎努扮する犯人・竹内が暮らすのは1963年当時、麻薬街として知られ、日本屈指のスラムを形成していた黄金町に設定されており、『天国と地獄』を鮮やかに対比することに成功している。