エマ・ストーンの驚愕の演技とゴシックな世界観
さて、本作を語る上で外せないのが、ベラ役のエマ・ストーンの演技だ。
『ラ・ラ・ランド』のミア役で知られるエマだが、本作では「ここまでやるか?」と思わずにはいられないほどの体当たりの演技で、子どもから大人に至る1人の人間の成長を見事に演じ分けている。特に、旅に出る前の幼年期と旅から帰還した後の成人期のロンドンのシーンは、同時期で立て続けに撮影されているというから驚きだ。
エマは、ランティモスの前作『女王陛下のお気に入り』に出演した際にランティモスから出演を打診され即決。「ベラを「私がめぐりあった最高のキャラクター」とのべ、プロデューサーも兼任している。
また、役者でいえば、ダンカン役のマーク・ラファロの演技にも注目。『アベンジャーズ』シリーズのヒーロー、ハルク役で人気を博したマークだが、本作ではエマを振り回し、振り回される情けない弁護士役を好演している。
そして、本作では、世界観の歪さを際立たせるため、映像や音楽にもかなりのこだわりが見られる。
まず特筆すべきは、ベラとダンカンの旅行シーンのビジュアルだろう。ジェームズ・プライスとショーナ・ヒスという二人のアーティストが手掛けるため息が出るほど美しいセットは、『アリス・イン・ワンダーランド』(2010)などのディズニー作品を彷彿とさせ、従来のゴシックファンタジーの世界観を見事にカリカチュアライズしている。
また、従来から広角レンズが多用されるイメージが強いランティモス作品だが、本作では魚眼レンズやペッツバール型レンズ(被写体の背景が渦巻き状に歪むレンズ)が用いられており、エマをはじめとする登場人物の目に映る歪んだ世界をそのまま剔出している。
そして、なんと言っても印象的なのが音楽だ。担当するのは、2020年にファーストアルバム『Winterreise』をリリースしたUKの気鋭アーティスト、ジャースキン・フェンドリックス。ポルトガルの音楽をベースとした不協和音が印象的なメロディは、世界の歪さとともに、ベラの身体の歪さも表象しているように感じられる。
アートフィルムの巨匠として名をはせたランティモス。その名前を世界の巨匠に押し上げる珠玉の1本だ。
(文・司馬宙)
【作品情報】
『哀れなるものたち』
監督:ヨルゴス・ランティモス(『聖なる鹿殺し』『女王陛下のお気に入り』)
脚本:トニー・マクナマラ
原作:アラスター・グレイ『哀れなるものたち』
音楽:ジャースキン・フェンドリックス
撮影:ロビー・ライアン
編集:ロビー・ライアン
キャスト:エマ・ストーン、マーク・ラファロ、ウィレム・デフォー他
公式サイト