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薬物中毒者のサイケデリックな脳内世界―映像の魅力

『T2 トレインスポッティング』の撮影現場【Getty Images】
『T2 トレインスポッティング』の撮影現場より、ユエン・ブレムナーとユアン・マクレガー【Getty Images】

 本作の最大の魅力、それは、サイケデリックかつスタイリッシュな映像表現にある。

 まず挙げなければならないのは、「スコットランドで最悪のトイレ」だろう。思い立って“禁ヤク”をはじめたレントンだったが、結局誘惑に勝てず、知り合いのマイキーにヘロインを頼む。しかし、彼は座薬のアヘンしか持っておらず、レントンはやむを得ずアヘンをケツから摂取することになる。

 座薬のせいで腹を下したレントンは、近くの店のトイレに駆け込む。しかし、そのトイレは「スコットランドで最悪のトイレ」だった。

 嫌々ながらクソとゲロにまみれたトイレにかがみ、用を足すレントン。ホッとしたのも束の間、便器の中にアヘンが流れていってしまったことに気付く。そこでレントンは、なんと便器に手を突っ込み、アヘンを取り出そうとする…。

あらすじを聞くだけでえづきが止まらなくなりそうなシーンだが、驚くのはそこからだ。レントンが便器の中に潜ると、そこは真っ青な海になっている。そして便器の中にすっぽりと潜ったレントンはそのまま海を遊泳。

 岩礁にきらめくようなアヘン座薬を見つけ、再び便器から現実世界に生還する。薬物中毒者の見ている幻覚を実に見事に表現したシーンだ。

 レントンのバッドトリップのシーンについても触れなければならない。禁断症状に耐えられずリハビリ施設を抜け出したレントン。売人の部屋で再びヘロインを打つと、その途端、あまりの快楽から赤い絨毯の中にずぶずぶと吸い込まれていく。そして、気絶したままタクシーから救急車、そして病院のベッドへと慌ただしく運ばれていく様子がレントンの主観ショットで捉えられる(この間もレントンの視界には真っ赤な絨毯が見切れている)。

 モノとなった自分の身体がただ運ばれていく様子をガラス越しに見ているような、そんなイメージ。筆者は薬物を使ったことがないのでわからないが、酩酊して複数の友人に介抱された経験はあり、このシーンを見ていると当時の身体感覚がありありと蘇ってくる。つまり本作は、薬物中毒者の体験を追体験できる「身体にくる映画」なのだ。

 作中の特異なカメラワークも、本作が「身体にくる」理由のひとつだろう。冒頭のシーンでは、万引きをしたレントンが追ってから逃げる様子が、足元を手前から映したトラッキングショットと頭上から俯瞰したトラッキングショットにより表現され、どことなく地に足のついていない印象を感じさせる。かと思うと、画面に人物を配した固定ショットでは、スタンリー・キューブリックを連想させるようなシンメトリーのショットが続いたりする。

 ダニー・ボイルは本作の参考映画としてスタンリー・キューブリックの『時計仕掛けのオレンジ』(1971)を挙げている。この作品は、本作同様、近未来のイギリスで無軌道に生きる若者たちの姿をモダンでスタイリッシュな映像で切り取った作品だ。安定と不安定を行ったり来たりする本作のカメラワークは、ダニーがキューブリック作品に捧げたオマージュなのかもしれない。

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