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「自己模倣とは無縁の根本的な新しさ」ホン・サンス監督『WALK UP』が探求する映画の未知なる可能性とは? 考察レビュー

text by 冨塚亮平

ベルリン国際映画祭で銀熊賞を5度受賞した名匠ホン・サンス監督の長編第28作目となる、映画『WALK UP』が公開中だ。都会の一角にたたずむ地上4階・地下1階建ての小さなアパートを舞台にした人間ドラマの魅力を、近年のホン・サンス作品との比較を通じて紐解く。(文・冨塚亮平)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】

※『WALK UP』に加え、映画『小説家の映画』のネタバレを含みます。

【著者プロフィール:冨塚亮平】

アメリカ文学/文化研究。神奈川大学外国語学部准教授。ユリイカ、キネマ旬報、図書新聞、新潮、精神看護、ジャーロ、フィルカル、三田評論、「ケリー・ライカートの映画たち漂流のアメリカ」プログラムなどに寄稿。近著に共編著『ドライブ・マイ・カー』論』(慶應大学出版会)、共著『アメリカ文学と大統領 文学史と文化史』(南雲堂)、『ダルデンヌ兄弟 社会をまなざす映画作家』(neoneo 編集室)。

「自己模倣とは無縁の根本的な新しさ」
近年のホン・サンス作品を読み解く

© 2022 JEONWONSA FILM CO. ALL RIGHTS RESERVED.
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 いつも同じような映画を撮っているという理由で、ホン・サンス作品からいつの間にか足が遠のいてしまったという話はよく耳にする。たとえば、男女が座って酒を飲みながらだらだら話している様子を1シーン1ショットの長回しで捉えるという基本構造は、20年以上たいして変わっていないのはたしかだ。また、事前に完成台本を役者に渡さない演出法も、すっかりお馴染みのものとなって久しい。

 だが、監督自身がさまざまなインタビューでたびたび引き合いに出し、『逃げた女』(2020)などの近作では明示的に強調されてすらいたように、ホン・サンスの映画は、他の映画よりもポール・セザンヌの絵画に近いものとして捉えた方がわかりやすいだろう。

 ホンは作品を完成させるごとに、あたかもサント・ヴィクトワール山を描いたセザンヌの連作絵画のように、少しずつ、しかし確実に作風を変化させ、それまでとは異なる何らかの新しい角度から映画にアプローチし続けてきた。

 たしかに、現代の映画監督としては異様なペースで矢継ぎ早に発表され続けるそれぞれの新作になにが賭けられているのかを捉えるためには、次第に同時代の映画やかつての古典作品以上に、ホン自身の過去作との比較が必須となる側面が強まりつつあるようには思える。そうした傾向にある種の閉塞感を見てとることもできるだろう。

 しかし、強調しておきたいのは、彼の映画が晩年の巨匠にありがちな自己模倣の気配とは全く無縁だという事実だ。一見わかりにくい近作群の根本的な新しさは、前後に撮られた作品と並べてみることで浮き彫りになるのだ。

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