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前作『小説家の映画』で行われた探求

© 2022 JEONWONSA FILM CO. ALL RIGHTS RESERVED.
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 たとえば宇田川幸洋は、登場人物の視線の先にある「画面外」を見せず人物だけを映し続けるという、過去作における特徴の1つだったカットの組み立て方が、『イントロダクション』で変化しつつあることに注意を促している。(※1)また廣瀬純も詳述するように、前作『小説家の映画』(2022)では、冒頭とラストシーンをはじめとして、「画面外」が常に問題化されている。

 映画が始まってすぐ、小説家のジュニ(イ・へヨン)が書店を訪ねる際、不意に書店員が後輩を叱責する音声が響く。だが、画面には当事者2人はいずれも映し出されない。この画面外の声は、映画の結末近くで休業中の女優ギルス(キム・ミニ)が鑑賞する、劇中ではジュニがギルス主演で制作したとされる短編映画でより印象的な形で回帰する。(※2)

 それまでモノクロだった画面と異なりカラーで撮影されたその短編では、驚くべきことに、もはやギルスを演じているわけではないようにも見えるキム・ミニが、ホン自身を嫌でも想起させる画面外の撮影者と思しき男と互いに「愛している」と囁きあう。(※3)

『小説家の映画』は、まるでこの映像で画面外、カメラの手前へと向けられたキムの顔、そして画面外から彼女に語りかける男の声を強く印象づけるためにこそ作られたかのようだ。映画内映画を観終えたあとキムは廊下に出るが、なぜか待ち合わせていたはずの人間すらやってこない。ただ1人画面内に残ったキムが、カメラに夜叉のようなすさまじい表情を向け、映画は終わる。

 この映画内映画とそれを受けたキム・ミニ=ギルスの表情を作品にしてしまった後に、彼女を起用して新しい表現を追求することはもはや難しいとでも考えたのだろうか。続く『WALK UP』ではキム・ミニは完全に画面外へと退き、代わって前作とはまた異なる形で画面内と画面外の緊張関係に焦点が当てられている。

※1 宇田川幸洋「3つのエピソードに見るホン・サンス映画の妙味」『フィルムメーカーズ24 ホン・サンス』オムロ、2023年、168-9頁。

※2 詳しくは、PARAKEET CINEMA CLASS Vol.3/『小説家の映画』(監督:ホン・サンス)、『POPEYE Web』、2023年7月3日。
POPEYEマガジン を参照。

※3 この短編は、実際に『小説家の映画』の撮影監督でもあるホンが、キム・ミニとその母を被写体に撮影したものであると言われる。詳しくは注2のpodcastも参照。

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