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問題化される「遠い画面外」

© 2022 JEONWONSA FILM CO. ALL RIGHTS RESERVED.
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 4階の部屋は見晴らしの良いテラスへと続いており、ここでビョンスとへオクが2人きりとなる。ちなみに、この2人のみが画面内に現れる場面は各エピソードに一度ずつ配され、そこでは少しずつ2人の関係が険悪なものへと変わっていく。

 テラスから外を眺めるジョンスの後ろ姿を捉えた短いショットを挟み、場面は1階の入口へ戻る。ジョンスの右、またもはじめは画面外から声を響かせたジュールがフレーム内に入ってきて、2人はタバコを吸う。そして2人は、彼女は選り好みをする人間だと、その場にはいない画面外のへオクについて語り合う。

 これ以降この映画では、その時に同じ場所、画面内には存在しない人物についての語りがこれでもかというほどに繰り返し現れる。廣瀬の議論も踏まえつつ敷衍すれば、過去作において問題になってきた「画面外」が、たとえば画面内の人物たちの視線が向かう先などの「近い画面外」であったとすれば、近作で徐々に現れ、本作で徹底して問われているのはより「遠い画面外」、あるいは別の言い方をすれば、観客の目の前に映し出されている画面とより深く断絶した画面外の性質であるだろう。

 タバコを吸い終わったジュールは画面から出ていき、1人残されたジョンスは再びアパートへと戻る。地下の部屋に入ると、そこでは父ビョンスがギターを弾いている。再び3人が揃うが、ほどなくしてビョンスの携帯に電話がかかり、彼は通話をするために演奏をやめて画面外へ出ていく。その間も彼の声は画面内に響いている。

 一度は戻ってくるものの、そこで2人に事情を説明したビョンスは、電話先の社長と会うために改めて部屋=画面を出る。カメラは車に乗り込んだ彼が画面奥に向かってアパートの前の坂を下っていく様子を入口前からしばらく追うが、決してそこから動くことはない。

 ここまでのシーンですでに明らかなように、この映画ではしばしば、画面内にいる複数の人物のうち1人が意志を持って画面外に出ていくことが、場面とショットを切り替えるきっかけとなっている。だが、すぐに帰ってくると言ったはずの画面外に消えていった人物は、その後なかなか戻って来ない。そのことでわれわれ観客には、彼らが今目の前に存在している画面とはまったく別の異次元に飲み込まれてしまったようにも感じられる。

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