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内と外の複雑な絡まり合いを別の方向に開く

© 2022 JEONWONSA FILM CO. ALL RIGHTS RESERVED.
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 結局出ていったソニはなかなか戻らず、ふて寝するビョンスだけを画面内に残して、画面外の音声が帰宅後の2人の幸せそうな会話や環境音を伝えてくる。しかし、前作におけるキム・ミニのカラー映像の内容をどこかで想起させるこの音声に対応する映像はまたしても画面内には映らず、やり取りそのものが夢か現実かどうかも宙吊りにされる。ビョンスが「でも俺は1人暮らしが性に合ってる」と画面外の音声を否定することで、この章は締めくくられる。

 映画が進むにつれ、画面内のビョンスにとって、同じアパート内の空間がジョンスとへオクが言うところの「家の中」なのか「外」なのかは次第に曖昧になっていく。最後のパートでは、ビョンスを演じるクォン・へヒョの現実の妻でもある女優チョ・ユニ演じるジヨンが新たな愛人として現れ、キム・ミニ好みのワインやしゃれたツマミとは似ても似つかない懐かしい焼肉と焼酎のセットとともに、3階でのソニとのやりとりをコミカルに反転させた、一見過去の監督作のセルフパロディめいた会話が続く。だが、ここでも表面的な印象とは異なり、内と外をめぐるある種のサスペンスは持続し続ける。

 画面外では「本物の」夫婦である2人の俳優が、画面内で愛人関係を「演じる」。作中では最も「外」の要素が強いテラスで展開される終盤のやり取りは、明らかにキム・ミニ親子を撮影した前作の映画内映画を踏襲しつつ、内と外の複雑な絡まり合いをまた別の方向へと開いたものだ。

 家の中と外、家族と愛人、本物と演技、そして画面内と画面外。それらの境界を曖昧化しつつも、他方でホン・サンスは同時に、アパートの各階、各エピソードでのクォン・へヒョ=ビョンスたち、そして画面とそこから出ていく人物たちの間に刻まれた断絶を鋭く強調しもする。

 映画の最後に現れるギミックもまた、画面内に位置する車内空間がある種の画面外として機能するという点で、ここまで確認してきた問いの延長線上にあるものだろう。

「(画面)外での姿こそが本物かもしれない」という本作での問いは、次作『In Water』(2023)では、ほぼ終始画面内がピンボケという信じがたい映像のもとで、声のみの出演となったキム・ミニが画面外から響かせる歌によって、さらに別の角度から突き詰められていく。

 続く『In Our Day』(2023)を観る限り、画面外をめぐる探求にはいったん『In Water』で決着がつけられたようにも思えるが、今後も映画という表現媒体の前提を根底から問い直すようなホン・サンスの新たな試みを注視し続けたい。

(文・冨塚亮平)

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