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マルコ・ベロッキオがしかける誰にも真似できない演出の核心

『夜の外側 イタリアを 震撼させた55日間』
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 第1話で私たち観客はいきなりベロッキオに一杯食わされる。1978年3月に発生したアルド・モーロ誘拐事件は翌々月にモーロが死体となって発見されるという悲劇的な結末となったことは、歴史が語る有名な事実である。ところが、映画はいきなり解放されたモーロが緊急入院先でベッドに横たわり、キリスト教民主党の執行部3人と対面するという、史実を無視しきった始まり方をする。そういえば、『夜よ、こんにちは』のラストカットも、解放されたアルド・モーロがイタリアの田舎道をトボトボと歩いているショットだった。

 虚実を織り交ぜて、『夜の外側』は巨大な神話のように膨張し、イタリア国中がパニック状況となるなか、あらゆる関係者があたふたと動き回り、映画はスパイ映画のごとく忙しい展開となる。ところが、誘拐を実行した「赤い旅団」からは、監禁されたアルド・モーロの写真が1枚だけ流通するのみである。

「身代金を払うためにも、生存を証明する最新の写真を公表せよ」と要求しても、「赤い旅団」が送ってよこすのは、前回の写真をブローアップしただけのいいかげんな代物である。たった1枚のこの写真が状況の変化に応じて、やがて「遺影」のように見えてくるしかけである。

 そしてローマ教皇庁に信者たちから献金された数百億リラという金。教皇庁の廊下にうず高く積まれた札束の山は、身代金として機能することを今か今かと待ちかねているのだが、ローマ教皇パウロ6世(トニ・セルヴィッロ)の依頼を受け、「赤い旅団」との直接交渉を担当したクリオーニ司祭(パオロ・ピエロ・ボン)の頑張りにもかかわらず、ついにこの大金が教皇庁の廊下から動くことはない。

 情報という情報が行き交い、関係者という関係者がうごめいているというのに、真に示されるべきイメージ(生存写真)、真に使われるべき金が、どうにもテコでも動かない。これは巨大な陰謀ゆえに、動くべきものを動かしたくないという原理が働いているとしか思えない。

アメリカから派遣されたエージェント(ティム・デイシュ)がローマに滞在してイタリア政府にいろいろと知恵を授けるが、これがまったく何の役に立たない。この原理…先述の表現をくりかえさせてもらうなら、歪曲空間をアンタッチャブルかつ無色透明な牢獄へと移行せしめる原理…こそ、マルコ・ベロッキオがしかける、誰にも真似できない演出の核心であろう。

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