「数いなき”実在の事件”」映画で学ぶLGBTQ、おすすめ映画(1)。悪夢の強姦殺人、法律制定のきっかけとなった名作
「LGBTQ」とは同性愛者や、男性も女性も愛することができる両性愛者など、セクシュアルマイノリティの方々を表す言葉だ。近年は多様性を認め合える社会になりつつあるが、「LGBTQ」という言葉や概念が浸透する数年前まで、彼ら彼女らは苦しい思いをすることが多くあった。そこで今回は「LGBTQ」に焦点を当てた映画を紹介する。今回は第1回。(文・寺島武志)
ヘイトクライム禁止法のきっかけとなった
アカデミー賞受賞作
『ボーイズ・ドント・クライ』(1999)
原題:Boys Don’t Cry
製作国:アメリカ
監督:キンバリー・ピアース
脚本:キンバリー・ピアース、アンディ・ビーネン
出演:ヒラリー・スワンク、クロエ・セビニー、ピーター・サースガード、ブレンダン・セクストン3世
【作品内容】
1993年、アメリカの小さな町、フォールズ・シティに青年ブランドン・ティーナが現れた。彼はバーで出会ったラナという女性と恋に落ちる。しかし彼は“性同一性障害”の女性だった。
【注目ポイント】
1993年、肉体的には女性であるが、男性として生きていたトランスジェンダーのブランドン・ティーナさんが、ネブラスカ州フンボルトで、強姦された上に殺害された事件の映画化であり、そのストーリーのほぼ全てが実話である。
車の窃盗を犯したことが原因で、育った街を追われるように去ったブランドン(ヒラリー・スワンク)は、フォールズタウンという街で、ジョン(ピーター・サースガード)とトム(ブレンダン・セクストン3世)という2人の不良青年に出会う。
そして、ブランドンはジョンの愛人の娘のラナ(クロエ・セヴィニー)と恋に落ちる。ブランドンはやっと自分を理解してくれると人に出会えたことに喜びを感じるが、自分が性同一性障害であること、女であることを打ち明けられずにいた。
やがて、あるきっかけでブランドンが身体的に女性であるということが明らかになってしまう。それまで男友達としてブランドンと親しくしていジョンとトムだったが、女であることを隠されていたこと、嘘をつかれていたことに激昂し、ブランドンをレイプする。被害を受けたブランドンは、精神的にも肉体的にも深く傷つく。
終盤にかけての展開は、筆舌に尽くし難い。時代はまだ1990年代初頭。LGBTQへの偏見や差別が色濃く残る時代だ。警察の取り調べによるセカンドレイプも酷い。「どこに挿入されたのか?」などという偏見に満ちた尋問も容赦なく浴びせられる。こうした仕打ちによって、ブランドンの心はさらにズタズタに引き裂かれていく。
ブランドンをレイプした事実を揉み消すためだけに、ジョンとトムは町を離れようとするブランドンを射殺。実行犯であるジョンは第一級殺人で有罪となり、一方のトムは検事に協力して、ジョンにとって不利な証言をしたことで減刑され、終身刑で服役中と語られる場面で、物語は幕を閉じる。
本作で主演のヒラリー・スワンクは、アカデミー主演女優賞やゴールデングローブ賞主演女優賞を受賞。モデルとなった事件は、バラク・オバマの大統領就任後の2009年に成立した、ヘイトクライム禁止法制定推進の原動力となった。実に、事件から16年もの歳月を要している。だが、人々のLGBTQへの意識は、法整備によって変わったかといえば、そうだともいえまい。
徹頭徹尾、救いのないストーリー展開ではあるが、それは、一人ひとりの意識を変えることの難しさも表現しているともいえるのではないだろうか。
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