2025年No.1は? 識者が選ぶカンヌ映画祭ベスト作品(1)揺るがない感動…時代の空気を捉えた偉大な一本
映画の熱狂が世界を包む5月。カンヌ国際映画祭は、社会への鋭い視点とジャンルを超えた革新性をもつ数々の話題作を送り出してきた。今年は政治、家族、生命…それぞれの“いま”をえぐり取る5本の物語が、世界中の映画ファンの心をつかんだ。在仏映画ライターの林瑞絵さんに今年のカンヌで心に残った作品を5本挙げてもらった。第1回。(文・林瑞絵)
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暴力と記憶の交差点で描かれる、父と息子の愛
『シークレット・エージェント』
(監督:クレベール・メンドンサ・フィリオ)
鑑賞中は「今、偉大な作品を見ている」という実感があり、その感動は最後まで揺るがなかった。1977年、軍事独裁政権下のブラジルを舞台に、元研究職の男性が腐敗勢力の野心に巻き込まれ、命を狙われる犯罪サスペンス。劇中で現れる暴力や汚職、情報操作の数々は、21世紀の現実と地続きだ。
非情な世界を容赦なく描くが、主人公が義父に預ける息子への愛情や、弾圧を受け生活する者同士のコミュニティの結束が、ドラマにユーモアと明るさをもたらした。ある種のファミリー映画としても機能している。
そして何より、忘却に抗うための記憶のドラマだ。息子が父を偲ぶ入れ子構造にもなっており、作品に優しさと希望を添えた。シネマスコープのワイドな画面で、70年代南米の熱気を帯びた時代の空気までしっかりと捉える。
ブラジル人クレベール・メンドンサ・フィリオ監督はカンヌ映画祭の常連。すでに2019年に、『バクラウ 地図から消された村』が審査員賞を受賞済み。だが、本作は監督の新たな代表作と言って差し支えない。カンヌでは監督賞と男優賞(ワグネル・モウラ)に加え、国際映画批評家連盟賞も獲得。来年の米アカデミー賞でも台風の目となるだろう。
【著者:林瑞絵プロフィール】
在仏映画ジャーナリスト。北海道札幌市出身。映画会社で宣伝担当を経て渡仏。パリを拠点に欧州の文化・社会について取材、執筆。海外映画祭取材、映画人インタビュー、映画パンフ執筆など。現在は朝日新聞、日経新聞の映画評メンバー。著書に仏映画製作事情を追った『フランス映画どこへ行く』(キネマ旬報映画本大賞7位)、日仏子育て比較エッセイ『パリの子育て・親育て』(ともに花伝社)がある。@mizueparis
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【了】