最も海外からの評価が高い日本の戦争映画は? 史上最高傑作(4)仲間の肉を食べてまで…本能むき出しの生き地獄
2025年は戦後80年という節目の年となる。未だに世界では戦争が行われている国々があり、その悲惨な状況には目を覆いたくなるほどだ。また、戦争は人ごとではなく、自分たちの身にも起こる危機感を抱かなければ、平和を維持するのは難しいだろう。そこで、今回は海外での評価が高い日本の戦争映画を5本紹介する。第4回。(文・阿部早苗)
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『野火』(2015)
監督:塚本晋也
脚本:塚本晋也
出演者:塚本晋也、森優作、中村達也、中村優子、リリー・フランキー
【作品内容】(2014)
第二次世界大戦末期のフィリピン戦線。結核を患う田村一等兵は部隊からも野戦病院からも拒絶され、孤独と空腹に耐えながら戦場をさまよっていた。やがて、かつての仲間たちと再会するが…。
【注目ポイント】
2014年に公開された日本映画『野火』は、世界中の映画ファンや批評家から高く評価された戦争映画である。監督・脚本・主演の三役を務めたのは、塚本晋也。『鉄男』(1989)などで知られるその名は、国内外でカルト的な人気を誇ってきたが、本作では戦争という極限状況の中でむき出しになる人間の狂気と崩壊を、圧倒的な映像と生々しい演技を通じて容赦なく描き出した。戦場を舞台にしながらも、その核心にあるのは“人間そのもの”への問いである。
原作は、大岡昇平の同名小説。自身の戦争体験をもとに書かれたこの作品は、第二次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島を舞台にしている。物語の主人公は、結核を患い部隊から追放された田村一等兵。銃もなく、食料も尽き、頼れる仲間もいない。彼は飢餓と孤独の中で、生存本能だけを頼りに荒野をさまよう。その果てに見えてくるのは、人間が人間であることを保てなくなる地獄のような現実。極限まで追い詰められた末、仲間の肉を食らうという衝撃的な描写にまで至る狂気の姿は、観る者に深い戦慄を与える。
この『野火』は、単なる戦争映画ではない。むしろ、戦争という極限状態を通して、人間という存在の最も脆く、恐ろしく、そして悲しい側面を抉り出す“人間映画”である。その表現の徹底ぶりは、日本国内だけでなく、国際的にも大きな反響を呼んだ。
第71回ヴェネツィア国際映画祭では公式コンペティション部門に選出。血と汗と泥にまみれた塚本晋也の反戦的ビジョンは、国境を越えて多くの観客に衝撃と共感をもたらした。戦争の記憶が風化しつつある現代において、本作はその恐怖と愚かさを再び我々の目の前に突きつける。
なお『野火』は、1959年にも市川崑監督によって映画化されている。主演は船越英二。戦後まもない時代に製作されたこの作品は、リアリズムと抑制された演出により、反戦映画の古典として名高い。ロカルノ国際映画祭での受賞歴を誇るなど、すでに完成度の高い映画として知られていた。
しかし、塚本版『野火』は単なるリメイクではない。むしろ原作に立ち返り、21世紀の感覚と手法で、より身体的かつ内面的に“戦争とは何か”を再定義した作品と言える。カメラが捉えるのは、目を背けたくなるような現実だが、そこには人間という存在の本質が、剥き出しのままに映し出されている。
(文・阿部早苗)
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