2025年No.1は? 識者が選ぶカンヌ映画祭ベスト作品(2)巨匠の名人芸に痺れる…世界が驚いた悲喜劇
映画の熱狂が世界を包む5月。カンヌ国際映画祭は、社会への鋭い視点とジャンルを超えた革新性をもつ数々の話題作を送り出してきた。今年は政治、家族、生命…それぞれの“いま”をえぐり取る5本の物語が、世界中の映画ファンの心をつかんだ。在仏映画ジャーナリストの林瑞絵さんに今年のカンヌで心に残った作品を5本挙げてもらった。第2回。(文・林瑞絵)
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28年ぶりにパルムドールを受賞したイラン映画
『シンプル・アクシデント』
(監督:ジャファル・パナヒ)
祖国イランでは反体制派として2度の投獄を経験。政府から映画制作を禁止されてきたジャファル・パナヒ監督。海外渡航が解かれ、カンヌ入りできただけでも大きなニュースに。しかも、作品そのものが素晴らしく現地ジャーナリストに高評価で、そのまま最高賞パルムドールの受賞となった。
車に飛び込んだ犬を轢くという「単純な事故」からドラマは動き出す。男らの偶然の出会いから、かつて政治的理由で投獄された者と拷問者らしき者が繋がり、復讐劇に発展。しかし、いざ殺そうとするも疑いが生じ、元囚人仲間に意見を尋ね回る。復讐するべきかしないべきか、それが問題だ。
当局の目をかわした秘密裏の撮影。映画制作の制限を逆手に取り、独特な状況を緊迫感ある作品に仕立てるのは、もはや巨匠パナヒの名人芸。
背景にシリアスな独裁政権の影があれど、時に愚かで戸惑う人々に人間味を感じ、悲喜劇にもなっている。パナヒ作品の中ではエンタメ性もあり、観客の間口が広くなった。
カンヌでは『桜桃の味』以来、28年ぶりのイラン映画の最高賞。とはいえ『桜桃の味』は『うなぎ』と同時受賞であり、イラン映画単独の最高賞はこれで初めて。その偉業に値する作品である。
【著者:林瑞絵プロフィール】
在仏映画ジャーナリスト。北海道札幌市出身。映画会社で宣伝担当を経て渡仏。パリを拠点に欧州の文化・社会について取材、執筆。海外映画祭取材、映画人インタビュー、映画パンフ執筆など。現在は朝日新聞、日経新聞の映画評メンバー。著書に仏映画製作事情を追った『フランス映画どこへ行く』(キネマ旬報映画本大賞7位)、日仏子育て比較エッセイ『パリの子育て・親育て』(ともに花伝社)がある。@mizueparis
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【了】