2025年No.1は? 識者が選ぶカンヌ映画祭ベスト作品(3)悪夢のような体験型ディストピア映画は?

text by 林瑞絵

映画の熱狂が世界を包む5月。カンヌ国際映画祭は、社会への鋭い視点とジャンルを超えた革新性をもつ数々の話題作を送り出してきた。今年は政治、家族、生命…それぞれの“いま”をえぐり取る5本の物語が、世界中の映画ファンの心をつかんだ。在仏映画ジャーナリストの林瑞絵さんに今年のカンヌで心に残った作品を5本挙げてもらった。第3回。(文・林瑞絵)

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悪夢のような体験型ディストピア映画

『シラット』
(監督:オリバー・ラクセ)

『シラット』
『シラット』

 カンヌ映画祭コンペティション部門には、時に初参加の監督による過激な野心作が番狂せを起こす様が爽快。近年ならジュリア・デュクルノーの『TITANE/チタン』、コラリー・ファルジャ『サブスタンス』がそれに当たる。そして今年は、フランス系スペイン人オリバー・ラクセ監督の『シラット』が殴り込みをかけた。

 絶望的なまでに広大なモロッコの砂漠。幼い息子を連れた父親が、レイブパーティ中に行方不明となった娘を探し彷徨う。手がかりもなく、途方に暮れる親子は流れ者たちの一行に加わり旅は続く。劇中では、大型のバンが『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)のように爆走し、『恐怖の報酬』(1953)のように危険と格闘。煉獄で運命を試される父親を、名優セルジ・ロペスが感動的に演じ切る。

 今年からカンヌのメイン会場リュミエール劇場は、没入型のドルビーアトモスの音響システムを搭載。本作では冒頭からテクノ音が響き渡り、音の効果を遺憾無く発揮。個人的には身も蓋もない展開に唖然とさせられたが、地の果てで起きる悪夢のような体験型ディストピア映画の衝撃は忘れ難い。現地では熱狂的に迎えられ、パルムドール候補の呼び声が高かったが、審査員賞に甘んじた。

【著者:林瑞絵プロフィール】

在仏映画ジャーナリスト。北海道札幌市出身。映画会社で宣伝担当を経て渡仏。パリを拠点に欧州の文化・社会について取材、執筆。海外映画祭取材、映画人インタビュー、映画パンフ執筆など。現在は朝日新聞、日経新聞の映画評メンバー。著書に仏映画製作事情を追った『フランス映画どこへ行く』(キネマ旬報映画本大賞7位)、日仏子育て比較エッセイ『パリの子育て・親育て』(ともに花伝社)がある。@mizueparis

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【了】

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